昨年、元幕内木村山(本名・木村守=きむら・まもる)の岩友親方が42歳で急逝し、7月6日が一周忌だった。13日に初日を迎える大相撲名古屋場所は、今年から会場をIGアリーナに移して行われる。新会場での開催は、名古屋場所担当だった木村山さんにとっても大きな目標だった。

木村山さんが体調を崩して入院したのは、昨年5月7日。責任感の強い木村山さんは、その2カ月後の名古屋場所に向けて、業務で使っていたノートパソコンを病室に持ち込んで仕事をしていたという。しかし同20日ごろ、意識を失った。

大阪、名古屋、九州の3カ所で行われる地方場所は、それぞれ理事の親方が担当部長を務め、その下に4、5人の親方が付く。各会場内に先発事務所を設けて先乗りし、準備を進めていく。

木村山さんが入院したことにより、代理を務めたのは三保ケ関親方(元幕内栃栄)だった。木村山さんとは同じ春日野部屋の部屋付き親方で、ともに日本相撲協会本部で机を並べていた間柄。九州場所担当だった三保ケ関親方は、昨年6月18日に名古屋場所先発事務所に合流した。木村山さんの妻からPCを引き取り、業務を受け継いだ。

「PCには、守がやりたかったことの痕跡がたくさん残っていました。仕事の履歴を開いて、先にやるべきことからこなしていきました。PCには、付箋がいっぱいついていました。あれもやりたい、これもやりたいと…。IGアリーナへの移転が決まって、あいつは最初からかかわっていましたから」

昨年6月後半のある日、木村山さんは一時的に意識を取り戻した。しかし、人工呼吸器を着けていて話せない。三保ケ関親方は、付箋を読んでも分からないことを、木村山さんの妻を通じて問いかけた。ほとんどは「覚えていません」との答えだったが、気持ちは通じたという。「同じ地方場所を担当している者同士、段取りは似ていますから。普段から、地方場所の担当同士、いろんな悩みを言い合っていましたから」。

木村山さんは7月6日に息を引き取った。東京・墨田区の春日野部屋で、同10日に通夜、同11日に告別式が営まれた。名古屋場所担当の親方衆らも、一時帰郷して参列した。

三保ケ関親方は先発事務所で時々、担当部長の出羽海親方(元幕内小城ノ花)から「守!」と間違って呼びかけられたことがよくあるという。その出羽海親方は「ここ(先発事務所)でしゃべっているとつい、言ってしまうことがある。去年、亡くなってすぐはもちろん、最近でもあるんですよ」。それだけ、木村山さんは存在感のある働き者だった。「いろんな部分でフォローしてもらった。あいつがいてくれて助かりました」。

あのPCは竹縄親方(元関脇栃乃洋)が、受け継いで使っている。木村山さんが使っていた業務用のガラケーは、千賀ノ浦親方(元幕内里山)が使用している。千賀ノ浦親方は言う。「(大相撲公式ファンクラブの)横綱コースと大関コースの当選者の方には、この電話から直接かけるんですよ。だから、『岩友親方からかかってきたと思いました』と涙ぐむ方もいらっしゃるんです」。

木村山さんの師匠、春日野親方(元関脇栃乃和歌)の考えにより、東京での千秋楽パーティーなど節目のイベントには、木村山さんの妻子を呼び、時間をともにしてきた。

名古屋場所初日の13日は、木村山さんの誕生日でもある。

三保ケ関親方は命日の6日、木村山さんの妻とLINEでやりとりをした。「誕生日だし、守くんは名古屋に行くんじゃないかと、奥さんは言ってましたよ」。

亡き木村山さんからのバトンは確実に受け継がれ、名古屋場所が幕を開ける。【佐々木一郎】