【ブルーペナント〈31〉】中学生鎌田大地は、どうプレーしたいか言語化できていた

「ブルーペナント」。

その存在を知っている人はどれほどいるでしょうか。日本代表選手が初めて国際Aマッチに出場した際に「育成年代に特にお世話になった指導者を申告」し、記念となるペナントを作成して贈る日本サッカー協会(JFA)の指導者表彰制度。今回はMF鎌田大地(29=クリスタルパレス)がガンバ大阪ジュニアユース時代に指導を受け、ブルーペナントを贈った梅津博徳さん(47=現横浜F・マリノスジュニアユース監督)に話を聞きました。日本の主軸としてワールドカップ(W杯)北中米大会に挑む司令塔は、どんな選手だったのか。その源流をたどります。(本文敬称略)

サッカー

◆鎌田大地(かまだ・だいち)1996年(平8)8月5日、愛媛・伊予市生まれ。3歳からサッカーを始め、中学時代はG大阪ジュニアユースでプレー。ユースへの昇格がかなわず東山高へ進み、15年にサガン鳥栖加入。同年5月にプロデビューし、その試合で初ゴールを記録。17年夏にフランクフルト(ドイツ)へ完全移籍し、18~19年はシントトロイデン(ベルギー)へ期限付き移籍。フランクフルト復帰後の22年には欧州リーグ制覇。23年夏にラツィオ(イタリア)へ移籍し、24年夏からクリスタルパレス(イングランド)。日本代表では19年3月のキリンカップでデビューを果たし、代表通算49試合12得点(W杯開幕前時点)。180センチ、72キロ。弟はJ2ベガルタ仙台の大夢(ひろむ)。


◆梅津博徳(うめづ・ひろなり)1979年(昭54)5月18日、埼玉・入間市出身。小1でサッカーをはじめ、G大阪ユースでは元日本代表MF稲本潤一や同MF橋本英郎らと同期。近大卒業後にG大阪スクールコーチに就任し、18年間にわたってジュニアユースやユースを指導。20年から横浜F・マリノスで指導し、ジュニアユース監督5年目。主な教え子はMF井手口陽介、MF鎌田大地、MF堂安律ら。22年に日本スポーツ協会公認スポーツ指導者等表彰受賞。日本サッカー協会(JFA)A級ジェネラルライセンス保有。

W杯北中米大会 1次リーグ 第1戦 日本対オランダ 後半、小川航基(右後方)のヘディングシュートが鎌田大地(左)に当たり、同点ゴールとなる(撮影・足立雅史)

W杯北中米大会 1次リーグ 第1戦 日本対オランダ 後半、小川航基(右後方)のヘディングシュートが鎌田大地(左)に当たり、同点ゴールとなる(撮影・足立雅史)

日本対チュニジア 前半、先制ゴールを決め雄たけびを上げる鎌田大地(撮影・足立雅史)

日本対チュニジア 前半、先制ゴールを決め雄たけびを上げる鎌田大地(撮影・足立雅史)

小6からほとんど変わっていないプレースタイル

W杯オランダ戦、チュニジア戦で連続ゴールを挙げ、日本代表の中心選手として活躍する鎌田大地。その原点の一つと言える中学生年代にガンバ大阪ジュニアユースで監督として鎌田を指導し、その才能を静かに見守り続けていた指導者がいる。

現在、横浜ジュニアユースで指揮を執る梅津だ。G大阪ユースでプレーした梅津は、近大卒業後にG大阪のスクールコーチからキャリアをスタート。18年間にわたって同クラブのアカデミーで数多くの才能に触れてきた。その中でも、当時から鎌田が放っていた異彩と、平坦(へいたん)ではない中でのその後の成長が、現在の彼のプレーにつながっていると見ている。

梅津が鎌田を初めて見たのは、小6の夏だった。当時を思い返しての第一声は「今のプレースタイルとほとんど変わっていない」。

当時から、鎌田は周囲とは一線を画す選手だった。同世代のMF井手口陽介(29=ヴィッセル神戸)がコンタクトの強さや相手のプレッシャーを恐れない姿勢で高く評価されていたのに対し、鎌田は「スルスルっと相手の力を利用して入れ替わるタイプ」だった。

日本対チュニジア 前半、先制ゴールを決める鎌田大地(撮影・足立雅史)

日本対チュニジア 前半、先制ゴールを決める鎌田大地(撮影・足立雅史)

今でこそ身体的な能力もアップしたが、フィジカルの強さでねじ伏せるのではなく、知性と技術で相手を無力化するスタイルは、細身だった当時から変わらないもの。その身のこなしやボールタッチは、世界最高峰のプレミアリーグで戦う現在も垣間見える部分だ。

しかし、評価は必ずしも高いものではなかった。G大阪という組織の中でも技術的には高いものを持っていたが、「戦えない」「走れない」「守備への切り替えが遅い」という見られ方をしていた。

本文残り67% (3005文字/4504文字)

スポーツ

永田淳Jun Nagata

Aichi

1980年(昭55)9月9日、愛知県生まれ。小3でサッカーを始める。法大卒業後、商社、フリーランスのサッカーライター、商社、外資系半導体メーカーでの勤務をへて、23年4月に日刊スポーツ新聞西日本に入社。日本サッカー協会B級ライセンス保有。日本アンプティサッカー協会技術委員長。X(旧ツイッター)は@j_nagata