★彼らが「現実」「リアル」と思い込んでいた中道路線は、昭和の価値観そのままの穏健保守をイメージしたものだったのだろう。左右のバランスのとれた「中道」という政界でのポジションは、日本の社会すべてに当てはまると思い描き、それが唯一の道と思ったのだろう。分厚い中間層とは昭和中期から後期の自民党のスローガンだが、格差社会を経てなおその夢を追い、政治の55年体制から脱却できず、世界や社会や政治を眺めていたのならば残念ながら、それが正しいと信じようが、日本の社会はとっくに変質していた。無論日本や日本人の中にある正義感や道徳観、倫理観の変容もある。経済的に厳しい状況がそう変えてしまったかもしれない。震災やコロナが国民の気持ちに大きな穴を開けたこともあるだろう。だが、その視点で物事を整理しようとしたこと自体が、国民とのズレを生んだか。
★中道改革連合ではベテラン、幹部の落選が相次いだ。宮城4区の共同幹事長・安住、北海道8区の選対事務局長・逢坂誠二(66)、奈良1区の共同選対委員長・馬淵澄夫(65)、岩手3区の党重鎮、小沢一郎(83)、東京1区の元衆院副議長・海江田万里(76)、福島2区の同副議長・玄葉光一郎(61)、三重3区の立憲民主党元幹事長・岡田克也(72)、愛知3区の立憲代表代行・近藤昭一(67)、鹿児島1区の元衆院国土交通委員長・川内博史(64)、栃木2区の元衆院懲罰委員長・福田昭夫(77)、神奈川8区の元立憲代表代行・江田憲司(69)、そして埼玉5区の立憲創設者・枝野幸男(61)。民主党政権の中枢、ことに野田内閣で要職を占め、その後の野党第1党の顔として活躍した面々がごっそり落選した。
★言い分はいろいろあろうが、彼らは一体何と闘ったのか。組織をまとめれば数が見込める。だが選挙区の個々人と向き合う自分の組織が弱く、時代の変化に追いつかない。現実主義に転じればとリベラルを捨て中道にしたものの、立憲のリベラル支持者がごっそり彼らにそっぽを向いたこと、退場願ったのが現実だったのではないか。枝野は先月15日、「立憲民主党」への思いをネットに投稿。「率直に言って私自身、17年10月の結党時の姿のまま続けられたらという思いが全くないと言えばうそになります」とつづったが、こだわるべきだった。(K)※敬称略
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政治の世界では日々どんなことが起きているのでしょう。表面だけではわからない政界の裏の裏まで情報を集めて、問題点に切り込む文字通り「地獄耳」のコラム。けして一般紙では読むことができません。きょうも話題騒然です。(文中は敬称略)

