ダイアナ元英皇太子妃が、1997年8月31日にパリで交通事故死して、間もなく20年。プリンセスの枠を超えて活動した元妃の突然の死は、世界に衝撃を与えた。この20年も、元妃に関する報道が途切れることはないが、最近、不幸な結婚生活に言及していた生前の肉声が公開されるなど、元妃の足跡があらためて注目されている。日刊スポーツ・ロンドン通信員の鈴木雅子氏は「今も王室へのダイアナの復讐(ふくしゅう)が続いている」と指摘した。

<鈴木雅子通信員の目>

 ダイアナは95年のインタビューで、「私はおとなしくは消えません。戦います」と宣言し、2年後に事故死した。その後、元夫チャールズ皇太子は、ダイアナを終生苦しめたといわれる愛人カミラと再婚した。

 カミラは夫をたてて(ここがダイアナと違うところ)公務に尽くし、エリザベス女王に認められ、女性の最高位勲章まで受けた。去年は枢密院のメンバーにもなり、ある調査ではカミラが女王になってもいいという人が5割以上。以前の不人気がうそのようだった。

 でも、この2カ月で10本以上放送されたドキュメント番組で、夫をカミラに取られたことを語るダイアナの肉声が流れた。一夜にして、「カミラは女王にふさわしくない」が67%に急上昇。この世にいなくても、ダイアナの王室への復讐はまだ続いていると感じる。

 私は、ダイアナの命日に毎年欠かさずケンジントン宮殿に行っている。彼女のファンも毎年、花束やカードを門に置いていく。しかし、贈り物は夕方までには撤去され、翌日には何もない。3日くらい残してほしいが、それが王室とダイアナの「緊張関係」を示す象徴的な光景でもある。

 古い伝統を守る王室を変えようとしたダイアナ。結婚当時は、かれんな19歳の「英国のバラ」だった。息子2人に「言い返せない人に親切であるように」と教え、ホームレスなど援助が必要な人を支援した。王室の女性は握手の際に手袋をするが、ダイアナは素手。相手がエイズ患者でも変わらず、偏見をなくそうとし、皆を驚かせ、喜ばせた。悲しい時は、人前でも泣いた。彼女の性格は、王室と国民の壁を崩し、だからこそ王室を離れても「ピープルズ(人々の)プリンセス」になれたのだと思う。

 伝統を壊す戦いで受けた犠牲は大きかったかもしれないが、今、王子2人が遺志を継ぎ、新しい王室を築こうとしている。彼らが、ダイアナの灯を20年間ともし続けたともいえる。(ロンドン在住。約30年間、英王室を中心に取材)