せっかく吾妻線に乗りに行くのなら、とあらかじめ道程に組み込んでいたのが上越線の土合駅である。「日本一のモグラ駅」(写真1)として鉄道ファンで知らない人はまずいない駅だが、最近は鉄道ファン以外も押し寄せる「名所」ともなっているという。まだ静かな駅だった時代の話である。(2012年5月訪問)

〈1〉「ようこそ」と歓迎してくれる日本一のモグラ駅土合
〈1〉「ようこそ」と歓迎してくれる日本一のモグラ駅土合

上越線は通常電車の運行は水上駅で分断される。これから行く2駅先の土合も群馬県に存在しているが水上に機関区があるため、「運行上の地図」では水上以北は新潟県という扱いだ。渋川で吾妻線から上越線に乗り換え、水上で再度乗り換え。その時はなんとも思わなかったが115系の湘南色と新潟色の並びは、今となっては貴重かもしれない(写真2)。これから乗車するのは、もちろん水色の新潟色である。

〈2〉新潟色(手前)と湘南色の115系並び
〈2〉新潟色(手前)と湘南色の115系並び

土合までは2駅。10分ほどで到着するが、こちらも地下駅となっている湯檜曽を過ぎると、いつものパターンでドキドキしてきた。降り立つと、その空気感がすごかった。薄暗いホームそして見上げるばかりの階段(写真3、4)。実際の空気も地下70メートルだけに外とは大いに異なる。初夏は通り過ぎようとしていて、どちらかというと暑い日だったが、やはり涼しい。さて大階段にチャレンジだ(写真5)。

〈3〉土合駅の駅名標。モグラ駅だが海抜は583メートルもある
〈3〉土合駅の駅名標。モグラ駅だが海抜は583メートルもある
〈4〉ホームから見上げるばかりの大階段
〈4〉ホームから見上げるばかりの大階段
〈5〉階段の入り口にある説明。とにかく上るしかない
〈5〉階段の入り口にある説明。とにかく上るしかない

ちなみに電車を下車したのは、私を含めたったの3人。どう見ても全員が「同好の士」である(笑い)。そしておそらく、いや間違いなく3人は、この後同じ電車に乗る。なぜ分かるのかというと、上越線のダイヤが極めて薄いからだ。この後、サボらずに階段を上らないと、水上行きの最終電車に乗れないからだ。

「本線」とは名乗っていないが、新幹線が敷設されるほどだ。上越線は幹線である。上州(群馬)と越後(新潟)に立ちふさがる三国山脈をものともせず昭和初期にはトンネルによって全通。川端康成「雪国」であまりにも有名な清水トンネルだ。関東から新潟への所要時間が大幅に縮まった。戦後は直ちに複線化されることになったが、新たに建設された下り専用の新清水トンネル(戦前からの清水トンネルは上り専用となった)は湯檜曽から掘られたため、土合ではトンネル内に設置されることになり「日本一のモグラ駅」誕生となった。

しかし多くの優等列車に彩られた上越線は新幹線開通によって旅客列車は基本的に普通列車のみとなり、県境区間で流動の少ない土合前後は閑散区間となってしまった。現状の定期電車は1日わずか5往復が停車するのみ。昨年5月9日に奥羽本線の峠駅について記したが、状況は似ている(新幹線が目の前を通過するという違いはあるが)。

現在の時刻表を見ると水上17時49分発の下りで土合17時58分着。上りは土合18時16分発で18分後だ。普通に歩けば大丈夫だが、ちとタイトである。私が訪れたころは30分以上の時間があったので、その点では恵まれていたといえる。ただ18時台が上りの最終であることは今も違いはなく、下りの最終が3時間後だということを考えると3人が「運命共同体」であることは確実なのだ。

〈6〉まだ半分も進んでいないことが分かるようになっている
〈6〉まだ半分も進んでいないことが分かるようになっている
〈7〉途中には休憩用(?)のベンチもある
〈7〉途中には休憩用(?)のベンチもある

とことこ歩いて10分はかかる(写真6)。なにせ462段である。昨年10月10日にこちらも有名なモグラ駅である筒石(えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン=新潟県)について書いたが、こちらが最大290段だということを考えると、その長さが分かる。それでも途中には休憩用のベンチが設置されたり(写真7)、上りきってゴールしたと思ったら「もうひといき」と言われたり(写真8)、なかなかクスッとしてしまう。そしてたどり着くのは大変立派な駅舎である(写真9)。

〈8〉登りきった、と思ったらまだ24段あることを通告される
〈8〉登りきった、と思ったらまだ24段あることを通告される
〈9〉土合は無人駅だが立派な駅舎を持つ
〈9〉土合は無人駅だが立派な駅舎を持つ

ここ土合は谷川岳への登山の起点でもある駅で、シーズンは登山客でも大変にぎわう。土合駅から徒歩20分またはバスで谷川岳ロープウェイの土合口駅に行くこともできる。例年は山開きに合わせて土合止まりの臨時列車も運行されていた。また近年、土合駅がテレビなどで紹介されることで注目が集まり、週末は新名所として多くの人と車でにぎわうという。今年は現状ストップしているが「もぐら号」「ループ号」という臨時快速も夏から秋にかけて運行される。たった3人だった8年前とは大違いだ。

〈10〉上りホームは地上にあり、ここからループを楽しめる
〈10〉上りホームは地上にあり、ここからループを楽しめる
〈11〉地上ホームの駅名標
〈11〉地上ホームの駅名標

さて、今挙げた「ループ号」だが、この「ループ」も見どころのひとつ(写真10、11)。現在の上り専用線は地上駅である土合から弧を描いて湯檜曽へと降りていく。もともとは急勾配を列車が登れるようにしたループ構造で、今は降りていく列車しか走らないが、そのまま利用されているため、土合から水上行きに乗ると、アトラクションのようなループを味わえる。だからモグラ駅と合わせてワンセット。事前に上り下りの時刻をしっかりチェックする必要はあるが、車ではなく、本数は少なくとも、ぜひ電車で訪れてほしい駅である。【高木茂久】