下関市に入った山陰本線は、いよいよ「終着駅」の幡生に向かう。私的に最も重要だったのは「特牛(こっとい)」である。あまりにも難読すぎて、かえって有名になってしまった駅には13年ぶりの訪問。大いに楽しみにしていたが、てっきり貸切状態かと思っていた無人駅で、思わぬ歓待を受けることになった。(訪問は昨年11月6日)

 
 

まずは阿川である。実際の道程は列車の本数の関係から、1度ここまで来て前回紹介した長門粟野に戻っている。特徴的な駅舎を持つ。昭和初期の開業だが、ガラス張りなのだ。しかも一見すると双子のような形になっている。もちろん開業時から、このような形のはずもなく、近年のもの。片方が駅舎で、もう一方が飲食店となっている。大きな木は旧駅舎時代からのもので、その横に駅の解説碑がある。開業当時は終着駅だったこと、旧駅舎の材木を新駅のいすに転用していることなどが記されている。飲食店の場所も構内扱い。訪問が朝の8時半で営業時間ではなかったことが残念。観光列車「○○の話」の停車駅で、停車時間に買い物ができるダイヤが組まれている。(写真1~3)

〈1〉新たに生まれ変わった阿川。ガラス張りの駅舎(右)と飲食店の双子のような形となっている
〈1〉新たに生まれ変わった阿川。ガラス張りの駅舎(右)と飲食店の双子のような形となっている
〈2〉駅舎の中の様子
〈2〉駅舎の中の様子
〈3〉阿川の駅名標とホーム
〈3〉阿川の駅名標とホーム

特牛を目指す。あまりに難読すぎて、難読駅クイズでは常連。クイズや学習後に「とっこい」と読む方もいる。惜しい。気持ちは分かるが「こっとい」である。地名の由来には諸説あり、荷役にも十分なほど大きいオスの牛を指すという伝えが有力らしい。ちなみに当駅は角島(つのしま)観光の最寄りでもあるが、島の2つの岬が牛のツノのように見えることで島名になったともいわれている。(写真4~6)

〈4〉漢字は簡単だが読めないという難読駅のお手本である
〈4〉漢字は簡単だが読めないという難読駅のお手本である
〈5〉留置線の跡は、ややちらかっていた
〈5〉留置線の跡は、ややちらかっていた
〈6〉階段を下りて駅舎に向かう形。木製の改札が残る
〈6〉階段を下りて駅舎に向かう形。木製の改札が残る

駅は高台にある。かつては貨物の取り扱いもあり、島式2線ホームだったが、今は1線のみ。貨物のヤード部分だった部分は物置状態となっていて、ちょっと寂しいが駅舎は改修されているものの、開業時である昭和初期の三角屋根をとどめた木造だ。前述した通り、当駅から角島へ向かうバスが出ているので駅舎には先客が1人いらっしゃった。

と、駅舎の外側でニャンコを発見。こちらを見ている。珍しいことではない。地方の駅ではよくある光景。すると駅舎の前にも別のニャンコが2匹。自分の位置を変えないよう写真撮影。よくご存じだと思うが、野生のネコというのは、音を立てて近づくと逃げていってしまうものだ。(写真7~10)

〈7〉おそらく昭和初期の開業時代からの駅舎が残る。駅舎外の右隅から視線を感じる
〈7〉おそらく昭和初期の開業時代からの駅舎が残る。駅舎外の右隅から視線を感じる
〈8〉手書きと思われる駅名板を撮ろうとしたら近づきにくい雰囲気に
〈8〉手書きと思われる駅名板を撮ろうとしたら近づきにくい雰囲気に
〈9〉駅舎内では毛繕いと休憩中
〈9〉駅舎内では毛繕いと休憩中
〈10〉爪とぎが開始された
〈10〉爪とぎが開始された

あまり気にかけずに駅舎内を見る。かつて当駅で行われた映画のロケでの写真や今は使用されていない事務所内をガラス越しにのぞいたりしていると、ニャンコの写真があることに気付く。ムム、これは駅舎がねぐらになっているということなのか。そういえば皆さん、全く人を恐れることなく駅舎内でくつろいでいる。そのうち人目もはばからず、気持ちよさそうに爪とぎを始める始末。実は1匹が先ほどまでいた先客さんのひざの上に座っていたのだが、私はてっきりこの方が飼い主と思っていた。

ただよく考えると、この駅舎内で飼い主さんと飼いネコのコンビというのはおかしい。駅ノートを眺めると、そこにあるのは、ほとんどがニャンコの話ばかりだった。ちょうど「○○の話」がやってくる時間となった。特牛は停車駅なので写真を撮ろうとホームに上がるとニャンコがちょこちょこついてくる。列車の乗客からすると、出迎えのネコ駅長という風情に見えなくもないが、実情はちょっと違う。小腹がすいてきたので人丸駅近くのコンビニで買ったパンでも食べようかとゴソゴソし始めたら、どうもレジ袋に反応したらしい。(写真11、12)

〈11〉「○○の話」が到着
〈11〉「○○の話」が到着
〈12〉駅舎内に展示された写真。初夏にはツバメも訪れるようだ
〈12〉駅舎内に展示された写真。初夏にはツバメも訪れるようだ

人間の食べるものは、ネコにはよろしくないので、かばんにしまってもついてくる。観光列車が出発し、駅舎内で一息ついて座っていると、ひざの上にピョン。しばらくしてもう1匹がピョン。2匹に「乗車」され、おまけにフミフミまで始める。身動きがとれない状態になってしまった。その後の列車で角島行きバスに乗車するためのお客さんが降りてきて、ようやく解放された。当駅には1時間以上滞在。当初は前回かなわなかった周辺のじっくり散策を行う予定だったが、このような歓待を受けると、それもかなわなかった。まぁ、13年の歳月を経て「特猫駅」に変化したことが分かって良い経験ができた。(写真13、14)

〈13〉ひざの上を2匹に占拠されて身動きできなくなってしまった
〈13〉ひざの上を2匹に占拠されて身動きできなくなってしまった
〈14〉そんなにつぶらに見つめないで
〈14〉そんなにつぶらに見つめないで

特牛からは、この日唯一の利用となったバスで滝部へ。かつての特急停車駅で立派なコンクリート駅舎を持ち、利用者も多い。角島へのバスはこちらからも乗れる。私が乗車してきたバスは、角島から戻ってくるバスだった。(写真15~19)

〈15〉駅前のバス停
〈15〉駅前のバス停
〈16〉バスで滝部へと向かう
〈16〉バスで滝部へと向かう
〈17〉かつては特急停車駅だった滝部
〈17〉かつては特急停車駅だった滝部
〈18〉駅名の文字が独特
〈18〉駅名の文字が独特
〈19〉跨線橋からホームを眺める
〈19〉跨線橋からホームを眺める

その後、長門二見と湯玉を訪問。東から海沿いをずっと走ってきた山陰本線は阿川を過ぎると急に線路が内陸部に入り、海に近い長門二見から、ほぼ直角にコースを変えて再び海沿いを走り始める。がけの途中に作られたような駅である。(写真20、21)

〈20〉長門二見の駅舎は夫婦岩ふれあいステーションとの合築となっている
〈20〉長門二見の駅舎は夫婦岩ふれあいステーションとの合築となっている
〈21〉がけの中腹に設置されたような形となっている1面2線のホーム
〈21〉がけの中腹に設置されたような形となっている1面2線のホーム

湯玉はユニークな構造で、上り(長門市方面)と下り(下関方面)の両方に駅舎がある。下り側は国道191号に面している。この国道は益田と下関を結ぶ。2日前、益田から山陰本線の旅をスタートした際、まずバスで飯浦まで運んでくれたのが191号だった。その旅も間もなく終着駅へと向かう。駅舎の向かいがコンビニなのがありがたい。ローカル線(JRの規定では山陰本線は幹線だが)においてコンビニが間近にあるのは旅人にとっては神駅である。今日はコンビニ食しか口にしていないが、この手の旅では、その存在は大きい。かつては上り側に木造駅舎があったが、今は薬局に姿を変えている。ちゃんと両サイドの駅が記入されている駅名標が妙におしゃれだ。(写真22~24)

〈22〉国道に面した下り線ホーム。向かいはコンビニだ
〈22〉国道に面した下り線ホーム。向かいはコンビニだ
〈23〉上り側の駅舎は薬局となっている。駅名標もある
〈23〉上り側の駅舎は薬局となっている。駅名標もある
〈24〉京都方面の文字が残る
〈24〉京都方面の文字が残る

その後は村を名乗るが村ではない黒井村で降りることにしていたが、さすがに朝の5時台から活動しているとエネルギーが切れてしまい、いつの間にか深い眠りに。このまま終着駅である幡生(はたぶ)まで向かいゴールとなった。まぁ小串から西は列車の本数も多いので、また次回の課題としよう。

山陰本線と山陽本線の分岐である幡生は戸籍上は山陰本線の終着駅だが、すべての列車がお隣の下関へと向かう。車両所があることで有名だが、駅舎は古い木造。ただ山陽本線の駅でもあり、周囲に学校も多いため、ホームのお客さんの数が本日訪れた、どの駅とも圧倒的に異なる。旅の終わりを感じた。それにしても思い出すのが特牛の駅ノートである。「今度はカリカリ(ネコの総合栄養食のひとつ)を持ってきます」と複数の書き込みがあった。私も次回の特猫駅訪問では、お土産が必要なのかなぁ。【高木茂久】(写真25~27)

〈25〉幡生の駅舎
〈25〉幡生の駅舎
〈26〉幡生の駅名板
〈26〉幡生の駅名板
〈27〉跨線橋に歴史を感じる
〈27〉跨線橋に歴史を感じる