前立腺の病気といえば、ことに中高年男性には悩みの種。それでいて前立腺の構造や働き、病気の原因、治療など知られていないことも多いのが実情です。ここでは、日本大学医学部泌尿器科学系主任教授の高橋悟氏(59)が、前立腺肥大症、前立腺がん、ED(勃起障害)などについて、わかりやすく説明します。

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前立腺がんの手術療法として、前立腺と精嚢(のう)すべてを取り除く「前立腺全摘除術」があります。前立腺と精嚢をすべて切除した後、膀胱(ぼうこう)と尿道をつなぐのです。がんの病巣を取り除くため根治する可能性が高い治療法といえます。

この治療法が適しているのは、あまり進行していない前立腺がん。分類でいうと、病期「T2がんは前立腺の中のみにある)「NO」(リンパ節に転移なし)「MO」(遠隔転移なし)にあてはまる条件です。全身の状態がよく、比較的若い人に対して行います。一般的に75~78歳以下で、余命が10年以上ある人を対象とします。

がんの病巣を取り除ける半面、手術中に直腸や尿道括約筋などの周囲の組織を傷つけてしまうリスクもあり、術後も注意すべき合併症もいくつかあります。最も多い合併症は「尿失禁」です。尿失禁は、前立腺を取り除くときに前立腺の底部が隣接する尿道括約筋が傷つけられることが、原因です。尿道括約筋が損傷されると、排尿のコントロールが困難になり、失禁のリスクが増えてしまうのです。

前立腺近くの神経を切断するため、「ED」(勃起障がい)になることもあります。これを防ぐのが、「神経温存手術」と呼ばれる治療法で、性機能を保つ有効的な手技として推奨されます。前立腺の静脈叢(そう)を切断して尿道が見えると、前立腺の左右両側を走る神経血管束も見えてきます。この中にはペニスが勃起する機能を担う神経(勃起神経)が入っています。もし、神経血管束をそのまま残せば、術後にEDになる率は下がるのです。でも、がん細胞を取り残す可能性があれば、残念ですが、これも摘除すべきです。

生検の結果、前立腺の左右両側ともに被膜近くにがんがなく、患者さんが希望する場合、神経血管束を前立腺被膜から剥離して残すことが可能です。これが神経温存術で多くの場合、勃起機能は保たれます。また、片側だけ被膜近くにがんがなく反対側にあるときは、片側の神経血管束だけを温存し、反対側は摘除します。このとき、年齢にも影響しますが、バイアグラを服用した場合、約50%の人で性交可能とされています。

◆高橋悟(たかはし・さとる)1961年(昭36)1月26日生まれ。日本大学医学部泌尿器科学系主任教授。85年群馬大学医学部卒。虎の門病院、都立駒込病院などを経て05年(平17)から現職。東大医学部泌尿器科助教授時代の03年、天皇(現上皇)陛下の前立腺がん手術を担当する医療チームの一員となる。趣味は釣り(千葉・飯岡沖の70センチ、3キロ超のヒラメが釣果自慢)と登山、仏像鑑賞。主な著書に「ウルトラ図解 前立腺の病気」(法研)「よくわかる前立腺の病気」(岩波アクティブ新書)「あきらめないで! 尿失禁はこうして治す」(こう書房)など。