東京五輪は持続可能な環境保全を目指す環境重視の五輪でもある。全国63自治体から木材提供を受け、選手村の交流施設「ビレッジプラザ」を建設。解体後は返還する。このうち最も小さな自治体が人口900人の長野県根羽(ねば)村。提供された根羽杉の切り出しに携わった根羽村森林組合の橋本真一さん(34)と、長年、村の林業事業計画に携わった組合元専務の片桐亀十さん(88)に、林業や五輪への思いを聞いた。【近藤由美子】


切り出し作業を行う根羽村森林組合の橋本真一さん(撮影・近藤由美子)
切り出し作業を行う根羽村森林組合の橋本真一さん(撮影・近藤由美子)

根羽村の国道から少し山に入ると、空高く伸びた根羽杉が一帯に広がる。トン、トン、トン…。きこりが幹の切り込みにハンマーでクサビを打ち込む「矢打ち」の音が山間に響き渡る。

橋本さんは切る木を選び、切り出しから搬出まで手掛ける。主にチェーンソーや重機を使う。木を倒し、ある程度の大きさの丸太にする。1人で黙々と作業を続け、どんどん木を切り出していく。プロフェッショナルな職人の世界だった。


橋本真一さん
橋本真一さん

五輪提供木材を切り出したことについては「実際に作業している時は、そんなに気にしないですね。木がどこにいこうが、自分の持っている精いっぱいの力で仕事をする。そして結果として切った木が、五輪に行くのはやりがいがあると思いました」。根羽杉はビレッジプラザA棟の柱や床、木材フェンスなどの一部として使用される予定。「切った木が使われるからというのは関係なくスポーツが好きなので、見てみたいですね」とサラリと話した。


東京五輪の選手村ビレッジに提供された根羽杉
東京五輪の選手村ビレッジに提供された根羽杉

村では現在、Iターン組が活躍している。森林組合で山の現場で働く11人中、橋本さんを含めた5人がIターンだ。橋本さんは神奈川県厚木市出身。母親が岐阜県出身で、親戚に林業従事者が2人いた。林業を目指すきっかけは小3の時。植林を見掛けた。「休んでいる人もいて、こんな楽な仕事があるんだなって。実際はメチャクチャ大変です。材が安いので、木を出さないとマイナスになる。あまり余裕がない。意外に忙しいですね」と明かした。

厚木市内の高校を卒業後、都内の専門学校で2年間、林業を勉強後、根羽村森林組合への就職を決めた。「4歳からスキーをやっていて、スキーをするなら長野県がいいかなと」。当時、根羽村がどこにあるのかも知らなかったという。


9月に行われた選手村ビレッジプラザに使用される根羽杉を含む長野県産提供木材出発式
9月に行われた選手村ビレッジプラザに使用される根羽杉を含む長野県産提供木材出発式

06年に根羽村に移住。2年半ほど経験を積むと、すぐに現場の中心の1人になった。気付いたこともある。「心を込めてやらないと結果に出る。適当にやっている人は仕上がりも悪いし、重機もよく壊すし、技術だけではなく、山に対する思いとか結構作業に出てくる」。林業の魅力を聞くと「研ぎ方や山での歩き方など、追求しても終わりがない。日々成長できる」と明かした。数年前に自分が木を切った一帯はどうなっているか、気になって見に行くこともある。「50年、100年、山が持つように切っています。自分がやった現場は自信があるけど、余計に気になります」。


東京五輪選手村内に建設されるビレッジプラザ完成予想図@TOKYO2020
東京五輪選手村内に建設されるビレッジプラザ完成予想図@TOKYO2020

長野県飯田市出身の妻(34)と結婚。2歳の長男がいる。都会とのギャップは感じていない。「もともと団地住まいで、団地は1つの村みたいな感じだったので、特に違和感はなかったです。変な目で見られないし、住みやすいですね」。

大会終了後、木材は各自治体に戻されて、レガシーとして活用される。根羽杉の活用方法は未定だ。橋本さんは「村営住宅に使うとか、使われるものがいいですね」と期待した。


◆根羽(ねば)村 長野県の最南端に位置し、一部は岐阜県、愛知県に接する。村によると、人口900人で総世帯数は412。総面積は8997ヘクタールで、そのうち94%が森林。共有も含め、全世帯が森林所有者。江戸時代から明治にかけて、三河と信州を結ぶ三州街道の宿場として栄えた。樹齢約1800年で、高さが長野県第1位の約40メートルの巨木「月瀬の大杉」(国指定天然記念物)が有名。


■「俺たちの時代に植えた木が」

片桐さんは根羽村に生まれ育った。本格的に林業に携わったのは35歳ぐらいから。山の現場で働いた後、長年、林業構造改善事業に携わった根羽村森林組合の“レジェンド”だ。村の林業について「昔は木を育てて売る。林業は金になった。飯田に行って酒を飲まないかと誘われ、金がなくても『根羽ならツケでいい』と。根羽はどえらい裕福だった」。一方、現状を「(山や河川を整備管理する)治山治水。環境に必要なことになったのかな。木が安くなった」と指摘した。

現役当時の林業従事者について「昔は飲んでケンカするのが楽しみくらい。よくやっとった。今とは違うね」と懐かしそうに振り返った。今、村の林業はIターン組にも支えられている。「ありがたいこと。活性化につながっとるよね」と歓迎する。


森林組合“レジェンド”の1人、片桐亀十さん(撮影・近藤由美子)
森林組合“レジェンド”の1人、片桐亀十さん(撮影・近藤由美子)

五輪提供木材の中心は樹齢50~60年。植えられたのは前回の東京五輪が開催された前後だった。当時の村の様子を「五輪に合わせて、みんな白黒テレビを買ったと思うよ」と明かした。根羽杉が五輪にかかわることを「非常に意義があること。オレたちの時代に植えた木が東京五輪に行く時代が来たぞと、根羽の年寄りの衆に思い出させないとダメだ。刺激を受けて若い衆らと討論できればいいが。今回がいいきっかけになる」と力説した。レガシーとして残す根羽杉の使用方法について「大衆が使えるものがいいな」と話した。


■プラごみだって再利用 サーフィン連盟

海洋プラスチックごみに対する問題意識を高めようと、環境省と日本サーフィン連盟が連携し「海洋プラスチックごみサーフボードプロジェクト」を発足。その象徴として、海洋プラごみを埋め込んで作られたサーフボードが製作された。6月にお披露目され、主に連盟主催大会をリレーしていく。環境省は「東京五輪まで展示を続け、海洋プラごみに対する意識がもっと高まれば」と話している。


海洋プラスチックごみを埋め込んだサーフボード
海洋プラスチックごみを埋め込んだサーフボード

日本サーフィン連盟副理事長の菊地雪秀氏(57)によると、環境省からは「ごみを入れられないか。裏表にごみが見えるような形にしてほしい」と提案があったという。くらげをモチーフに、くらげの英語名「jelly fish」から「jelly(ジェリー)」と名付けられた。


日本サーフィン連盟副理事長の菊地雪秀さん(撮影・近藤由美子)
日本サーフィン連盟副理事長の菊地雪秀さん(撮影・近藤由美子)

同連盟では年2回、ごみ拾いなどを行う大規模なビーチクリーン活動を行うが、サーファーは日常的に環境への意識が高いことで知られる。菊地氏は「海に恩恵を感じているサーファーにとって、ビーチクリーンはライフスタイルの一部。僕の場合、毎月第1日曜が近所のビーチでごみ拾いをする日です。みんなマイトングも持っていますよ」と説明する。「無理しない形で、少しでもビーチクリーンを続けることが大事。一般の方たちにも協力いただければ、もっと海がきれいになる」と呼び掛けた。


<使用済み携帯からメダル>

◇都市鉱山からつくる! みんなのメダルプロジェクト

使用済み携帯電話や小型家電から採取した「都市鉱山」を再利用し、金、銀、銅メダルを製造するプロジェクト。「国民参加」「環境への配慮」などを目指す初の試み。五輪・パラのメダルは合計で約5000個。約8トンの金属を捻出すべく、使用済み携帯電話やパソコン、デジタルカメラが集められた。全国1500強の自治体や3500の郵便局、約1100の学校などが回収に協力した。7月の東京五輪開幕1年前式典でメダルが初披露された。


東京五輪の金メダル
東京五輪の金メダル

<仮設住宅サッシ>

◇みんなの表彰台プロジェクト

表彰台を使い捨てプラスチックの再生利用で製造。プラスチックによる海洋汚染が大きな環境問題となる中、持続可能な社会の実現に向け、大会後も同様の習慣が続くようなレガシーにする。対象製品はプラスチックボトル、詰め替え用パックで、衣料用洗剤、ヘアケア製品など。目標量は45トンで、約100セットの表彰台を製造する。全国約2000店のイオングループ店舗で回収。福島県の仮設住宅で使われていたアルミサッシを再利用し、一部を骨格に使用する。来年6月お披露目予定。


<63自治体が協力>

◇日本の木材活用リレー~みんなで作る選手村ビレッジプラザ~

日本の伝統建築を世界にアピールすべく、カフェや店舗などが入った延べ床面積6000平方メートルのビレッジプラザを木材で建設。公募を行い、63自治体が計2000立方メートルの木材を提供した。大会後は解体し各自治体に返還する。使用証明で刻印を入れ、レガシーとして残す企画。山形市では小学校の新校舎の建材、宮崎県日南市では市役所新庁舎の一部に使われる。林業再生や森林の適正な整備、地球温暖化の防止などにつながり、持続可能な地球環境の保全も目指す。