1年延期となった東京オリンピック(五輪)・パラリンピックに向け、出場国・地域と交流促進を図ろうとホストタウンとなった多くの自治体では計画の見直しが迫られている。一方、既に群馬県前橋市で長期合宿中の南スーダン選手団や、茨城県笠間市で母国エチオピアとの交流をサポートする元オリンピアンは、来るべき時に備えて気持ちを新たにしている。それぞれの立場から1年延期への受け止めを聞いた。【取材・構成=平山連】

■東京・杉並区 <イタリア ビーチバレー>

イタリアビーチバレーボール代表の合宿先に選ばれていた東京都杉並区にある専用コート
イタリアビーチバレーボール代表の合宿先に選ばれていた東京都杉並区にある専用コート

コロナ猛威で話まだ

ホストタウンは、東京五輪・パラリンピックに参加する国・地域の選手らと地方自治体が交流を図る取り組みだ。5月末までに397件が登録されている。

イタリアのホストタウンの東京都杉並区は今年7月14~22日、同国ビーチバレーボール代表の合宿を誘致した。新設した体育館の屋外に、国際大会の基準を満たした専用コートを設置。受け入れ態勢を整えてきたが、五輪延期を受け合宿は中止に。区の担当者は「新型コロナの国内と世界の状況を踏まえると、五輪1年延期は仕方がない」と残念がる。

事前合宿中には練習の一部公開や選手と交流する企画を計画していた。イタリアは他国と比べても新型コロナウイルスの影響が深刻で、21年夏に向けた具体的な話し合いはまだできていない。担当者は「来年にも来ていただけるよう準備を進めたい」と調整している。

■岩手・盛岡市 <カナダ 水球・7人制ラグビー、マリ 柔道>

事前に延期時の覚書

一方、出場国の事前キャンプ地に引き続き選ばれている自治体もある。カナダやマリ共和国とホストタウンの岩手県盛岡市では、事前合宿を行うことを確認した覚書に延期時の対応を盛り込んでいた。21年夏には、カナダの水球、7人制ラグビー、マリ共和国の柔道代表らが市内で合宿を実施する予定だ。

同市出身の国際人、新渡戸稲造がカナダ・ビクトリアで生涯を閉じた縁から、両市は85年に姉妹都市を提携。30年以上交流を続けてきた。市の担当者は「長い間信頼関係を構築してきたので、延期になっても計画は変わりません」と強調した。

■山形・村山市 <ブルガリア 新体操>

「負けるな」映像で絆

ブルガリア新体操代表の事前合宿を受け入れている山形県村山市は、延期決定後も同国の選手らと交流を深めている。市内では有志応援団ができるなど、地域一体となって盛り上げてきた。「新型コロナウイルスに負けるな。またみんなで会おう」などとビデオメッセージを寄せると、現地でも大きな話題になった。

市の担当者は「自宅待機が強いられている選手を元気づけたかった」とビデオメッセージを作った経緯を説明。大会機運を高めていきたいと、さらに交流を図る考えだ。

■茨城・笠間市 <エチオピア 陸上競技など>

茨城県笠間市の中学生に陸上を指導する元オリンピアンのアベベ・メコネンさん(笠間市役所提供)
茨城県笠間市の中学生に陸上を指導する元オリンピアンのアベベ・メコネンさん(笠間市役所提供)

交流員メコネンさん奮闘中

マラソン男子で60年ローマ、64年東京と五輪2連覇した「裸足のランナー」故アベベ・ビキラさんに思いをはせ、元オリンピアンがエチオピアと茨城県笠間市の交流を後押しする。同じ「アベベ」を名に持つアベベ・メコネンさん(55)が、母国とホストタウンの同市スポーツ国際交流員として奮闘中だ。地元子どもたちへの陸上指導やホストタウン事業の推進を担当し「関係がさらに発展するようパイプ役になる」と意気込んでいる。

エチオピアの英雄が56年前に駆け抜けた東京で行われる2度目の五輪に、メコネンさんは特別な思いを抱いている。「子どもたちにも『アベベ』や『ビキラ』と名付ける人は多く、国民みんなの誇り」と憧れた人物への思いを明かす。同じ舞台で行われる五輪に関われることに「たくさん準備してきたので延期は残念ですが、来年予定通り開かれてほしい」と願う。

87年2月、東京国際マラソンでトップを争う谷口浩美(左)とメコネン
87年2月、東京国際マラソンでトップを争う谷口浩美(左)とメコネン

メコネンさんは92年バルセロナ、96年アトランタの両五輪のマラソンに出場。東京国際マラソンには3回優勝するなど、現役時代は世界的なランナーだった。37歳で引退後、母国ナショナルチームでマラソンコーチなど後進の育成に携わってきた。

政府の協力で展開されている外国人招致事業を活用し、茨城県笠間市ではメコネンさんを昨年8月に招いた。任期1年で、市スポーツ振興課に勤務している。市内の中学校に足を運んで陸上指導をしており「優秀な選手が多いので、将来良い選手になるよう知識を提供しています」とやりがいを語った。

昨年12月に市内で行われたハーフマラソン大会には、メコネンさんの協力もあり多くのエチオピア選手が来日。「エチオピアの英雄 アベベ・ビキラ メモリアル」を大会名に冠して行われ、一般参加者と合わせ4000人以上が集まった。メコネンさんは「静かで空気のきれいな笠間市は走るのにぴったり」と気に入っている。

母国エチオピアとホストタウンを結んだ茨城県笠間市職員として勤務するアベベ・メコネンさん(笠間市役所提供)
母国エチオピアとホストタウンを結んだ茨城県笠間市職員として勤務するアベベ・メコネンさん(笠間市役所提供)

今年8月の任期終了後、エチオピアに帰国する予定だ。来年開催の東京五輪では母国のナショナルチームコーチとして再来日して、大会後にはまた笠間市に訪れたいと思っている。五輪を契機にしてできた互いのつながりを絶やさぬよう、末永く橋渡しをしていくつもりだ。

■群馬・前橋市 <南スーダン 陸上競技>

政情不安で受け入れ支援

南スーダン選手団5人(陸上の五輪代表3人、パラ陸上代表1人、コーチ1人)は母国の政情不安を理由に、昨年11月から群馬県前橋市で長期合宿を行っている。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、練習が休みの日に続けてきた地元住民らとの交流活動はストップ。さらに練習拠点としていた市内の運動場が閉鎖。現在は河川敷を使って調整している。

1月15日、19年日本選手権400メートル2位の小渕瑞樹氏(右)とともに練習する南スーダン選手団
1月15日、19年日本選手権400メートル2位の小渕瑞樹氏(右)とともに練習する南スーダン選手団

東京五輪・パラリンピックの1年延期を受け、前橋市は宿泊や飲食にかかる費用など、南スーダン選手団への支援を今年7月まで行うと確認した。それ以降の支援策についてはまだ決まっていない。市の担当者によると、支援継続の決定は内戦で疲弊した自国で十分なトレーニングを積めないことを考慮した。「選手たちは『命の方が大事だから大会延期は仕方ない』と前向きに捉えています」と説明。今年6月をめどに21年夏開催予定の本大会までの具体的な支援策を決めていく考えだ。

慣れないマスクを着けるなど体調管理を徹底する男子1500メートルのグエム・アブラハム(21)は、市民のもてなしに感謝している。「前橋市での合宿はとても快適に過ごせている」と話し、21年夏に向け今後も引き続き市内で調整を進めたいと訴えた。

◆ホストタウン 東京五輪・パラリンピックに向け、出場国・地域と相互交流を図る取り組み。98年長野五輪で出場国・地域を地元小中学校ごとに応援した「一校一国運動」をモデルにした制度。自治体が相手先の国・地域を選定して登録する。事前合宿の誘致や交流事業を通じ、政府から補助を得られるメリットがある。5月末までに397件が登録されている。