俺たちが学生最強集団だ!! 青学大が往路に続き、復路も1位を走り続ける完全優勝で総合2連覇を飾った。2位東洋大に7分11秒差をつける10時間53分25秒で、1977年(昭52)の日体大以来39年ぶりに全10区間で1位を並べる快挙を遂げた。昨年大会で一躍時の人となった原晋監督(48)が今年目指したのは、選手がヒーローになること。神野大地主将(4年)を中心にした4年生の絆で、見事に去年を上回る大輪の花を咲かせた。

 湘南の風が吹く大磯駅が迫る時だった。7区で先頭を快走する小椋の目に、仲間の姿が飛び込んできた。山村、神野、久保田、伊藤。残り3キロ、「本当にうれしくて、一番きついところだったけど、差を広げてやろうと」。1年の入学直後に、みんなで手帳に「4年で3冠」と書き合った仲間。4年連続7区で過去3年は応援はなかった。小椋の安定感への信頼に、別の区に回るのが慣例も「今年は電車の時間もきついなかを練って…」。絆が背中を押していた。

 「学生がヒーローになってくれ」。原監督の言葉が号砲だった。初優勝した昨年大会後、「学生中心に勝ち取ってほしい。今度はお前たちの番」とハッパをかけられた。サラリーマン経験の手腕が脚光を浴びたが、2連覇への主人公は選手だった。

 新主将の神野を中心に4年生は考え抜いた。「準備」と「こだわり」をテーマに、準備には気付くことが必要と、生活面から徹底した。風呂掃除はサボりがちだったタイル磨きも。トイレは週の前半が拭き、後半が掃き。トイレットペーパーの補充方法も細かく。「掃除マニュアル」という紙が寮の至る所に貼られた。

 下級生の提案も積極採用した。あいさつ、敬語の使い方…。10区でゴールに飛び込んだ渡辺利が「細かいミスをなくせば、走りのミスもなくなる。心も格好良く」と言えば、神野も「チャラいと言われるが、練習、生活は厳しい」と誇る。「3代目・山の神」を中心に細部に「神」を宿した。

 出雲を圧勝して迎えた全日本選手権が、さらに「格好良く」させてくれた。神野が故障から復帰も2位。3冠がかなわず、生活から見返した。試合でマットや場所取りを忘れたり、心の緩みが目立った。「うみを出す」(小椋)会議で、神野が言った。「俺たちの代は俺たちのやり方で勝とう」。ねじを締め直した。

 箱根路。下級生もたくましかった。1年の小野田が山下りの6区で快走すると、8区下田、9区中村も続く。生活だけでなく、競技の質も上げる目的で、13・5キロを走る早朝練習の設定は55分から48分に。先頭で引っ張った小椋は「以前は速すぎると先輩から『おい』と声がかかった。ケガのリスクがあるけど、やらないと」と使命感で底上げを図り、成果を出した。

 連続1位を続けたのは50年(昭25)~51年(昭26)の中大の20区間が最高。来年の往路5区間まで続ければ、その歴史までも動かす。神野は言う。「組織は強い選手が抜けると弱体化するが、しっかりしている。何十年も常勝チームでいられる」。それは選手が築いたからこそ。過去最強軍団へ、ひたすらに強くある。【阿部健吾】

 ◆完全優勝 往路復路では77年の日体大以来6校目、計12回目。過去は中大が6回、日大2回、日体大、明大、早大が1回。