色あせぬ煌めき

村主章枝の人生変えた、15歳クワンの「サロメ」

日本の歴史を紡いできた名フィギュアスケーターや指導者が、心を動かされた演技を振り返る「色あせぬ煌(きら)めき」。ニッカンスポーツ・コムが新設したフィギュアスケート特集ページ「Figure365(フィギュア365)」で連載中の第8回は「氷上のアクトレス(女優)」と称された村主章枝(39)が、同い年のミシェル・クワン(米国)のプログラムを振り返る。96年世界選手権エドモントン大会(カナダ)女子シングルを初制覇したフリー曲「サロメ」を挙げ、その振付師ローリー・ニコルさん(米国出身)にカナダまで会いに行って人生を切り開いたエピソードを語った。

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同じ15歳とは思えなかった。中学3年の春休み。テレビの向こうでクワンが世界の頂に立った。若さにはもちろん驚いたが、それ以上に印象的だったのが演技力。「少女」が「女性」になっていた。自身と年齢も身長(157センチ)も同じながら憧れの存在。2年前に千葉・幕張で行われた世界選手権から彼女に注目していたが「まだ『女の子』だったのに(96年の)世界選手権は劇的な変化を遂げていて…。ウルトラマンの変~身! ぐらいの」と表現してしまうほどの変わりようだった。

98年長野五輪、SPで2位につけたミシェル・クワンは華麗な演技をみせる
98年長野五輪、SPで2位につけたミシェル・クワンは華麗な演技をみせる

オスカー・ワイルドの戯曲を基にしたオペラ「サロメ」。同名の王女が、なまめかしい踊りで義父である王を誘惑し、見返りとして預言者ヨカナーンの生首を要望。その生首にキスする狂気で、最後は自らが処刑される物語だ。「『サロメ』という難しい題材を素晴らしい演技、斬新な振り付けで踊り上げたのを見て、本当に衝撃でした。氷を離れたら、まだあどけない少女が色気すら出して優勝したんですから。過激な作品の中にある女性らしさ、官能的な部分を15歳で体現していました」。

7度の3回転ジャンプ全成功より、妖艶に舞い踊った姿が頭から離れない。なぜ? どうして? 疑問を抱き「今みたいにネットもない時代に、必死に調べました」。引っ掛かったのが「振付師」というスペシャリストの存在だった。「当時はコーチが技術指導も振り付けもプログラム作りも全部やっていた中、北米では分業制が進んでいたんです。振付師という専門の仕事があるんだ」と、また驚いた。

周囲の人に聞いて回ると「サロメ」の振付師はローリー・ニコルさんと分かった。「私も習ってみたい!」。スケート仲間やトロントの短期留学ルートを当たり、自宅の電話番号も分かった。迷うことなく、日本から国際電話。幼少時に米アラスカ州で育った時の英語を思い出して懸命に振り付けの依頼をした。

小学6年で全日本ジュニア選手権に出場し、中学3年で世界ジュニア初出場4位。自身も同年代では結果が出ていた。「ローリーはビックリしていたけど、何とか興味を持ってもらい、指導してもらえることになりました」。もっと上に行きたい-。両親に頼み込んで96年8月、高校1年の夏休みに約1カ月間の短期留学。カナダへ渡った。


「結論から言えば、すぐに劇的には変わりませんでした(笑い)」


そう口にするのは、第一声でこう言われたからだ。「私の教えを理解できるようになるまで3、4年はかかるわよ」。即座に「サロメ」の秘密を教えてもらえると思ったら、表現の極意を授けてもらえると思ったら、指導開始時に課されたのはバレエやミュージカルの観劇、舞台やダンスのビデオ鑑賞だった。氷上で練習する前に感性を高める重要性を教えてもらい、いよいよ氷に乗る指導が始まる時、ニコルさんから言葉を贈られた。「これが、指導の中で最も印象的な言葉でした」。

96年8月、カナダで振付師ローリー・ニコルさんの指導を受ける当時15歳の村主章枝(本人提供)
96年8月、カナダで振付師ローリー・ニコルさんの指導を受ける当時15歳の村主章枝(本人提供)

「Skate from your heart!」

「出会った日から、ずっと『自分の心から滑ってほしい』と言われました。ジャンプやスピンの技術がプログラムの目的ではなく、心からの演技を会場のお客さんに見ていただくことが最も大切なんだよって」。

この5カ月後、16歳で迎えた全日本選手権フリー。3回転のループ、サルコーともに転倒しながら逆転で初優勝した。ジャッジが真っ二つに分かれた微妙な採点も「表現力」で村主に軍配。ただ、本人は「まだローリーから言われたことを表現できなかった」と否定する。実際、直後の世界選手権は18位と振るわず、98年の長野オリンピック(五輪)も代表の座を逃した。

「ローリーとミシェルの関係は、ミシェルが10代前半のころから始まっていました。あの『サロメ』は長年の積み重ねだったんです」。そう聞いてから、氷上に描く曲線、エッジの正確さ、滑るテンポ、感情や楽曲に合わせた体の動かし方、高速スピン、ステップ、ターン1つ1つに感情を込めてプログラムに織り込んでいった。楽曲の背景を調べ、イメージは広げることは当たり前。試合当日は観客の反応を見ながら指先まで微調整した。

「ローリーの言う通り表現できるようになったと思えたのは本当に4、5年後でしたね」。01年の4大陸選手権で初優勝。初の五輪出場となった02年ソルトレークシティー大会はフリー曲「月光」で5位に入賞した。03年には男女通じて日本人初のグランプリファイナル制覇。「ジャンプが不得意」と自ら評す中での成績が、表現力の成熟を物語っていた。

06年トリノ五輪が4位に終わった悔しさで、フィギュア界では異例の33歳まで現役を続けた。「氷上のアクトレス」は今、プロの振付師に。恩師ニコルさんの下で修業し、独立した現在は米ラスベガスを拠点に日本、米国、カナダ、中国、韓国の子供たちを指導している。

「15歳で『サロメ』を見なかったら今の目標、夢はないと思う。ローリーのような振付師を目指したい」

その哲学は同じだ。いつも教え子には伝えている。Skate from your heart!【木下淳】

現在は米ラスベガスを拠点に振付師として活躍する村主章枝
現在は米ラスベガスを拠点に振付師として活躍する村主章枝

◆村主章枝(すぐり・ふみえ)1980年(昭55)12月31日、千葉市生まれ。村主姓は18代続く名士。米アラスカ州アンカレジで3歳から5歳まで暮らし、横浜市に移った6歳で競技を始める。清泉女学院中高から99年に早大入学。全日本選手権は96-97年シーズンを皮切りに優勝5度。4大陸選手権は01、03、05年に金メダルを獲得した。世界選手権は02、03年に銅メダル、06年に銀メダル。トリノ五輪後はロシアや米国を拠点に活動。34歳になる直前の14年11月に引退を表明した。現在は日米を行き来し、TBS系「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」の企画で「再び日本代表入り」を目指して社交ダンスに挑戦中。妹は元プロスケーターの村主千香。血液型AB。

◆ローリー・ニコル(Lori Nichol)カナダ在住、米国出身の振付師。現役時代は女子シングル選手として83年の世界プロ選手権で銀メダル。引退後、クワン「サロメ」の振り付けで世界的名声を得た。日本人は村主のほか本田武史、浅田真央、小塚崇彦、高橋大輔らを担当。昨季は宮原知子、本田真凜らを手掛けた。海外はネーサン・チェン(米国)ら。14年に世界殿堂入り。振り付けした五輪、世界選手権のメダリストは50人を超える。

日本の歴史を刻んできたフィギュアスケーターや指導者が、過去に最も心を動かされた演技を振り返る連載です。名選手、名コーチ、競技発展に尽力してきた功労者の今なお色あせぬ記憶を通じて、氷上の煌めきをファンの皆さまと共有できればと思います。

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