ラグビー女子15人制日本代表「サクラフィフティーン」として22年W杯ニュージーランド大会に出場したロックの玉井希絵(30=パソナグループ)が7月、イングランドの世界最高峰リーグ「プレミアシップ・ウィメンズラグビー」に加盟予定のイーリング・トレイルファインダーズへ移籍する。

関西学院大では男子部員125人に女子1人の環境で力をつけ、卒業後は故郷の三重県で英語教諭として2年間勤務。そこから競技に軸足を置き、三重が拠点の「パールズ」での成長で日本代表入りを果たした。

2日間にわたって連載するインタビューの前編では、海外挑戦への経緯、現役選手として渡英することの価値を聞いた。【取材・構成=松本航】

-イングランドを選んだ経緯を教えてください

玉井「元々は『オーストラリアに行ってみよう』と思っていました。知り合いもいて、行き慣れている地ということもありました。日本も成長して、アイルランド、オーストラリアに勝てるようにもなった。ただ昨年のW杯で(決勝までテストマッチ30連勝中だったイングランド、優勝したニュージーランドなど)世界の上位4チームには、手も足も出ないことを実感しました。『その差って、何だろう?』と考えた時に、経験値など分かりやすい部分もあるけれど、イングランドの選手の取り巻く環境、システム…そういった部分が気になり始めました。勉強したい。『行くなら、世界一の場所で!』と思い、イングランドを選びました」

-大きな決断ですが、元々、このタイミングを考えていたのですか

玉井「W杯があったことは大きかったです。個人的にも30歳という節目。環境を変えて、次のステップとして『どういう道へ進むべきか?』と考えました」

-チーム選びは、どのように進めたのですか

玉井「最初は自力で調べました。プレミア15(インタビュー後に『プレミアシップ・ウィメンズラグビー』へ改称発表)のチーム、そのヘッドコーチ(HC)を調べて、SNSのDMを送ってみる。3チームぐらい行いました。話をして、ビデオを送って…という流れでしたが、厳しい部分もありました。そのような中で(日本代表HCでカナダ人女性の)レスリー・マッケンジーさんに相談をしたところ『1度、知り合いに聞いてみるね』と言ってくれて…。そこから話はとても早かったです。レスリーとは代表活動中もお茶をしたりして、私が将来に向けて真剣に考えていることを伝えていたので、理解してくれていました。新天地のイーリングは今季からプレミア15に参入するチーム。クラブを最高峰にもっていくことに関われるのは、とても刺激的で、学びも多くあると考え、このチームを選びました」

-イングランドになじみはあったのですか

玉井「高校生(三重・松阪高)だったころ、研修で2週間ほど行ったことがあります。その後に遠征でスコットランドなどには行きましたが、ロンドンは高校生以来です」

-選手として大きな挑戦になると思います

玉井「日本代表では『世界にどう勝つか』『日本人は何を武器にするのか』について勉強してきました。これからは個人での挑戦となります。異なる環境に飛び込んだ時に、パールズやサクラフィフティーンで積み上げたものが『どれぐらい通用するんだろう?』とワクワクしています。自分の力がどれぐらい通用するのか、思いっきりチャレンジしていきたいです」

-続々とイーリングの新規加入選手が発表されています。同じロックには強豪カナダ代表で身長181センチのブーケブームなどが名を連ねています

玉井「7月中旬の渡英に向けて、今はチームとオンラインでのミーティングが続いています。私の後も他の選手の加入の発表が次々に行われていて、それを見る度に膝が震えています(笑い)。世界的WTBのアビー・ダウもいて、一緒にラグビーをできることが本当に楽しみです。練習は週に4回、午後3時から8時半まで、みっちりやると聞いています。9月中旬からシーズンが始まって、来年6月まで続く。『まずは1年』という形でのプレーになります。日本では所属チームでの15人制の試合が4試合ということもありましたが、向こうでは30試合弱ある。その経験が次につながってくると思っています」(つづく)

◆玉井希絵(たまい・きえ)1992年(平4)10月24日、三重・松阪市生まれ。松阪高3年時までバスケットボールに打ち込み、ラグビーへ転向。関西学院大では19年W杯日本代表の徳永祥尭(東芝ブレイブルーパス東京)と同期。卒業後は三重で中学校の英語教諭。16年に誕生したパールズで競技にも取り組み、退職後はラグビーに専念。19年に日本代表に初選出され、同年からパソナグループに入社して社業と両立。22年W杯ニュージーランド大会出場。168センチ、79キロ。