【金子真仁】忘れられない「工藤さん」のひと言 中日監督就任で思いをはせた出来事

中日は10月15日、ソフトバンク元監督の工藤公康氏(63)が来季の1軍監督に就任することを発表しました。ついに―。リーグもチームも違う西武担当記者も、個人的にしみじみ。12年前、あの日の「工藤さん」のひと言が、今でも忘れられずにいます。

プロ野球

★記者が明かす工藤公康新監督の素顔

  • 新人時代に呼ばれた「金子B」
  • 異動報告で返ってきた厳しいひと言
  • 陸前高田の夜 会長に向けた突然の言葉

◆工藤公康(くどう・きみやす)1963年(昭38)5月5日、愛知県生まれ。名古屋電気高(現愛工大名電)時代には夏の甲子園で長崎西相手にノーヒットノーランを達成するなどベスト4へ進出。1981年のドラフト会議で西武から6位指名を受けて入団。西武からFAでダイエーへ移籍し、その後、巨人、横浜、西武と渡り歩いた。実働29年で現役通算224勝を挙げ、リーグ優勝14度、日本一11度の“優勝請負人"。MVP2度、最優秀防御率4度など数々のタイトルを獲得した。ソフトバンク時代の監督7年間では、5度の日本一に輝き、投手起用など、すぐれた采配で勝利へ導き「短期決戦の鬼」と称された。監督通算成績は978試合で558勝、378敗42分け。趣味はゴルフで、球界ではトップクラスの腕前だった。家族は雅子夫人と2男、3女。

就任会見後のフォトセッションでポーズを決める中日工藤公康新監督(撮影・森本幸一)

就任会見後のフォトセッションでポーズを決める中日工藤公康新監督(撮影・森本幸一)

心底「怖い」と思った3人

「工藤新監督」を中日サイドが公にしたその時、私は渡辺久信さん(61=日刊スポーツ客員評論家)との仕事をしていた。「おお、工藤さん、決まったの!?」とうれしそうだ。

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1980年11月、神奈川県座間市出身。法大卒、2003年入社。
震災後の2012年に「自転車日本一周」企画に挑戦し、結局は東日本一周でゴール。ごく局地的ながら経済効果をもたらした。
2019年にアマ野球担当記者として大船渡・佐々木朗希投手を総移動距離2.5万キロにわたり密着。ご縁あってか2020年から千葉ロッテ担当に。2023年から埼玉西武担当。
日本の全ての景色を目にするのが夢。22年9月時点で全国市区町村到達率97.2%、ならびに同2度以上到達率48.2%で、たまに「るるぶ金子」と呼ばれたりも。