【DeNA堀岡隼人×小園健太対談】ベイスターズのみんなに会えなくなるのはさみしいね…

DeNAから戦力外通告を受けた堀岡隼人投手(28)と小園健太投手(23)。かつてDeNA担当として2人を取材してきた記者が、通告から約1週間後、横浜の焼き肉店で再会しました。現役続行への思い、将来への不安、ファンへの感謝、そして今だから語れる後悔。焼き肉を囲みながら聞いた本音と、戦力外通告を受けても変わらない日常をお届けします。

プロ野球

★主な内容

  • 戦力外通告から約1週間、2人の本音とは
  • 小園が泣いたファーム選手権最後の登板
  • 「ベイスターズのみんなに…」 耳に残る、2人が漏らした言葉

◆堀岡隼人(ほりおか・はやと)1998年(平10)9月11日生まれ、神奈川県出身。青森山田では3年時の16年センバツに出場。1回戦の敦賀気比(福井)戦で山崎颯一郎(現オリックス)と投げ合った。完封の山崎に対し、1失点完投負け。16年育成ドラフト7位で巨人入団。19年7月に支配下登録、同年1軍デビュー。23年オフに戦力外となり、DeNAに育成で入団。6月に支配下登録された。通算43試合、0勝0敗2ホールド、防御率5・89。183センチ、87キロ。右投げ右打ち。


◆小園健太(こぞの・けんた)2003年(平15)4月9日、大阪府貝塚市生まれ。貝塚一中では貝塚ヤングに所属し、高校でもバッテリーを組む松川(現ロッテ)と全国制覇。市和歌山では1年春からベンチ入り。3年春にセンバツ出場。21年ドラフトで2球団の1位指名を受け、DeNA入団。背番号は三浦監督がつけた「18」を継承。24年4月10日中日戦(横浜)でプロ初登板初先発。25年7月3日中日戦(横浜)でプロ初勝利。通算2試合1勝1敗、防御率9・39。185センチ、90キロ。右投げ右打ち。

DeNAから戦力外通告を受けた堀岡隼人(左)と小園健太(右)が横浜の焼き肉店で現在地を明かす

DeNAから戦力外通告を受けた堀岡隼人(左)と小園健太(右)が横浜の焼き肉店で現在地を明かす

「久しぶり…でもないか」横浜の焼き肉店で再会

横浜の焼き肉店。黒いシャツを着た、いかにもアスリート体型の2人がドアを開ける。「お疲れ様で~す」。DeNAから戦力外通告を受けた堀岡と小園だ。9月29日、ともに球団から来季の契約を結ばないことを伝えられた。そこから約1週間たった10月某日。2人と焼き肉を囲むことになった。

表情も声色もいつもと変わらない。こちらが気を遣いすぎる必要もないだろう。

「久しぶり…でもないか。最近はどう過ごしてた?」。堀岡がすかさず返す。「最近も2人で練習してるよ。DOCKは使わせてくれるからキャッチボールしたりして体は動かしてるね」。

最後に会ったのは2人が戦力外通告を受ける2日前のジャイアンツタウンスタジアム。巨人担当としてファーム最終戦を取材し、その対戦相手がDeNAだった。

そこで話した際、堀岡は「(来季は)どうなるんだろうね…。分からないけどシーズン終わったらご飯でもいこうよ」と不安な胸中とともに、巨人時代から担当記者として顔なじみだった私をご飯に誘ってくれた。小園も「(来季は)どうなりますかね。とりあえずフェニックス・リーグは行く予定です」と10月は宮崎に行くつもりだった。

そこから2日後の通告。覚悟はしつつも、いざ現実となると心の整理は難しい。

堀岡にとっては巨人時代に続いて2度目。「もう慣れたよ」と言いつつも、慣れたからといってしんどくないわけではない。当然、希望はNPBに残ること。それでも近年増加している韓国など海外で野球を続ける道や野球をやめる可能性も視野に入る。

「これからどうなっていくのか分からない。日本に残って野球ができれば一番だけど…家族もいるし、そう簡単には決められない」。正式発表はしていなかったが、結婚している。妻を養うためにも中途半端な決断はできない。

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1998年3月生まれ。東京都あきる野市出身。都立富士森では硬式野球部に所属。中大商学部を経て、2020年4月入社。同年10月から野球部配属で同12月から巨人担当、24年1月からDeNA担当を務める。26年は巨人担当。
趣味は海外サッカーなどのスポーツ観戦、映画鑑賞、サウナ。下手くそだけどマイブームはゴルフ。好きな食べ物は地元の八王子ラーメン。