ラグビー

田中史朗「桜の誇り」命を懸けタックルに/独占手記

アジア初開催のラグビー・ワールドカップ(W杯)がついに始まる。史上初の8強入りを目指す日本代表は、20日にロシアとの開幕戦(東京・味スタ)に臨む。19日は試合会場で最終調整し、決戦に備えた。開幕を前に、今回の代表メンバー最多70キャップを誇るSH田中史朗(34=キヤノン)が日刊スポーツに胸の内を明かした。15年W杯後から感じ始めた体の衰え、支えてくれたファンへの思い-。166センチの小さな体で背負い続けてきた桜のジャージーの誇りを、「最後」のW杯にぶつける。

前日練習で積極的に声を出す田中(左)(撮影・狩俣裕三)
前日練習で積極的に声を出す田中(左)(撮影・狩俣裕三)

23歳の時に初めて日本代表に選ばれて、11年。先日、その歩みが間違っていなかったと感じられるシーンがありました。北海道・網走で行われたW杯前最後の強化合宿。試合でもない、ただの練習に、1000人近いファンがグラウンドに来てくれました。僕が若い頃はファンなんていても数人。リーチとも「昔はこんなこと絶対になかったよな」って。赤と白のジャージーを着ている子どもたちの姿を見て、熱いものがこみ上げてきました。

15年W杯からの4年間、特にこの2年は本当にしんどかった。練習で追い込むと、筋肉痛が戻らず、回復にも時間がかかる。仲のいい後輩から練習後に「ぼろぞうきん」とネタにされたりもしました。頭の中にある、以前の自分の体ではなくなりました。これまでの経験を、メンタル的な支えにし、衰えと折り合いをつけながらやってきました。嫁に「もう諦めていい?」と言ったこともあります。「後悔だけはしない」と自分に言い聞かせて、折れそうな心と闘ってきました。

だからこそ、W杯メンバーに自分の名前があった時は本当にうれしかった。同時に、選ばれなかった人の分までやりきろうと強く思いました。代表落ちした多くの選手が泣いていました。それだけみんなが入りたいと思うチームになったということ。ファンにとっても、選手にとっても「日本代表」が特別な存在になったんだと感じました。

15年W杯後のトップリーグ開幕戦で、日本協会の不手際により、観客席がガラガラだったことが話題になりました。僕も怒りがこみ上げたし、翌日になっても悔しさが収まらず、協会に電話をかけました。僕らは命をかけて頑張ってきた。いろんな人が家族を犠牲にしてやってきた。僕らがやってきたことって何だったんですかって。「代表」はその国のラグビーの頂点にないといけない。僕がそう思うようになったのは、1分け3敗に終わった、11年のW杯がきっかけでした。

今ほどの覚悟を持たずに臨んだ大会後、日本に戻って、テレビをつけると「ラグビー日本代表は負けました…次のニュースです」って。報道されたのは7秒ぐらい。自分たちのせいで、日本のラグビーが終わってしまう。自分がやってしまったことは、自分で取り返さないといけないって。それがずっと頭にあったから、何かアクションを起こそうと、ニュージーランドへの海外挑戦を決めました。

8月28日、網走合宿を打ち上げて子どもサポーターと記念撮影する田中
8月28日、網走合宿を打ち上げて子どもサポーターと記念撮影する田中

そんな思いに1つの区切りをつけられたのが15年のW杯でした。24年ぶりに勝利し、4年前の罪滅ぼしができたと思えました。11年W杯に向かう時、空港にはファンどころか記者の方も数人でした。15年は出発時に少しファンが来てくれて、帰ってきたら数百人。代表が弱ければ誰も見てくれないし、代表が勝てば日本のラグビーは変わるんです。15年大会後、スタジアムに来てくれる子どもは確実に増えました。普及活動で小、中学校に行っても、僕が子どもの頃とは比べられないくらいレベルも高くなっている。子どもたちのモチベーションになるのも、代表の力だと思うんです。

僕は足も遅いし、パワーもない。大きな相手が突っ込んできて、命の危険を感じたこともあります。でも、逃げずにタックルにいくことだけはこだわってきました。(代表コーチの)ブラウニーは「自分がいかなければ誰かがいかないといけない。自分の1つの行動で、ファンも、家族も仲間もすべてがマイナスになる。相手がでかくても、痛くても怖くてもタックルに入るんだ」と言います。相手の片足でもつかめば、絶対に仲間がきてくれる。今のJAPAN31人に逃げる人間はいません。子どもたちには、そんな姿を伝えたいし、見てほしい。桜のジャージーを着てプレーするのは、このW杯が最後と思って4年間やってきました。桜の誇りを持って、戦ってきたいと思います。(日本代表SH)

◆田中史朗(たなか・ふみあき)1985年(昭60)1月3日、京都市生まれ。中学1年でラグビーを始め、伏見工-京産大-パナソニック。13年にハイランダーズでスーパーラグビーに日本人初出場。15年に優勝。08年日本代表初選出され、70キャップ。11、15年W杯出場。166センチ、72キロ。血液型O。

ラグビーW杯日本大会が9月20日に開幕。日刊スポーツ新聞社では18年9月から開幕まで1年間「ラグビーW杯がやってくる」と題した連載を掲載しました。会場、選手のこだわり、日本代表のW杯の歴史、各国代表の注目選手など、あらゆる角度から1年間、ラグビーの魅力を掘り下げました。大会中に読んでも楽しめる記事ばかりです。ぜひバックナンバーをご覧ください。

写真ニュース 一覧

おすすめ情報PR

ツイッター

担当記者のつぶやき

ランキング

記事ランキング

    写真ランキング

      コラム一覧

      新着コラム一覧