2003.06.29付紙面より
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| 写真=「もっと会話を」とさだまさし。冗舌だが、むしろインタビュァーに耳を傾ける姿が印象的だった |
| (撮影・川口晴也) |
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もっと話そうよ
28歳の時、製作・主演した映画「長江」で35億円の借金を作ったが、「それがなんじゃ」と見事にはね返した(返済した)。さだまさし(51)。今は作家活動にもまい進する。処女作「精霊流し」第2作「解夏(げげ)」は、いずれもベストセラーになり映画化もされる。優しそうな風ぼうで、歌で泣かせ小説でも泣かせるさだだが、どっこい本人は骨太の長崎っ子。ヤワになった若者へ、自信をなくした日本人へ、彼が今、伝えるメッセージは何か? 会いに行った。
自殺考えた時も
処女作「精霊流し」(幻冬舎)は、さだの自伝的小説。彼の「青春時代」そのものがモチーフになっている。
小学校卒業と同時に1人長崎から上京し、周囲の期待を一身に背負い、バイオリニストの道を目指した。ところが、東京で音楽系の高校進学を目指し受験したが失敗する。
さだ 高校生から大学生へと進む中で、だんだん、バイオリンから遠ざかっていく自分がいるわけです。でも、まだ郷里の人たちは期待している。それは痛いほど分かっている。そんな中、おれはこれからどうなるんだろう。何をして生きていくんだろう…1人、東京で悩みましたよ。
−−自殺まで考えた時期もあったとか
さだ 水は苦しそう。手首は痛そう。いろいろ考えているうちに、もうちょっと生きていた方がいいかなと、思い直したんですけどね(笑い)
それは青春の蹉跌(さてつ)。でも、その苦しい時期を乗り越えて、さだの今がある。
さだ 青春時代って、いろんなコンプレックスを持つ。でも、それを何とか乗り越えていかなくてはならない時期なんだと思う。それは、青春の行(ぎょう)だと思ってる。つらいし、辛抱もいるけど、青春ってそういうものじゃないの。
−−そのことが、「精霊流し」を書かれた動機でもあるわけですよね
さだ そうです。
さださんから見て、今の若い人は、どう映るのだろうか。
さだ 今の子も、昔の子も青春というのは、誰にもあるわけだけど、取り巻く環境は変わってきた。昔は、自分たちの周りに進路の選択肢って、そんなに、なかったじゃないですか。だからこそ、逆に、自分でその少ない選択肢と真剣に向き合って考えたように思う。決めたことに対する決心の深さみたいなものも、あったように思う。
−−今は、選択肢が多い
さだ そうじゃないですか。「失敗したらフリーターでしばらくやってもいいや」。そんな選択もある。それでも生活はできるし…。真剣に向き合う前に、あれはどうか、これはどうかと迷うばかりで深く努力しない。
−−だから、挫折もしない
さだ そう。挫折もしない。けど、苦しまないから鍛えられることもない。エネルギーも、余っちゃう。それで逆ギレしたり、なんだか、根拠のない自信だけはある。「天下取るぞぉー」みたいなこと、突然言ったりする(笑い)。
−−もう少し、落ち着いて自分の青春と向き合えと
さだ 「努力すれば成功する」と、そんな甘いことを言う気は、これっぽっちもないけど、目標持って努力しなきゃ始まらないのも事実でしょ。で、自分は、何だったら耐えられるのか? 頑張れるのか? 悩みに悩み、苦悩していいと思う。それが青春じゃないか。少なくとも「精霊流し」の中の主人公たち、つまり僕らは、そうやって生きてきた。
キャッチボール
さだは、歌でも小説でも「家族」というのを非常に大きなテーマにしている。
さだ 例えば、精霊流しというのは、長崎っ子にとっては、非常に重要な行事なんです。お盆の時に、精霊を流すのだけど、それは、バトン渡しの行事のようなものじゃないかと思うんです。命というのは、亡くなって終わりじゃなくて、残ったものが受け取っていく。親であれ、兄弟であれ、自分にバトンを渡してくれた人の重さを思えば、みんなたくさんの命のバトンのつながりで生きている。家族ってそんな絆で結びついているものじゃないのかな。今、僕が一番心配しているのは、その家族で会話力が決定的に不足してきていることです。
−−家族間の会話力不足
さだ そう。駅前留学して外国語を学ぶのもいいけれど(笑い)。もっと、日本語も話しましょうよ。これは、本当に危機感に近い思いですね。
−−日本人は、どちらかといえば、阿吽(あうん)の呼吸とか、多弁でないことを美徳とする考えが…
さだ いやいや、そういうレベルの話じゃなくて。本当に話ができなくなっている。親が子供と話すのが怖いみたいな時代になっちゃってるんですよ。例えば、普段からキャッチボールをしてる親子だとしましょう。そうしたら、たまたま球がすべって、顔に当たっちゃった。でも、普段からキャッチボールをしていたら、「すまん」「ごめん」で、分かりますよね。それが、普段全然してないで、急にやって、顔にいったら「オヤジ、このやろう、何考えてる」「息子のやつ、どういうつもりだ」ってなるじゃないですか。言わなくても分かるというのはウソ。普段から会話はしてなきゃだめ。親の思いを、照れずに子供に真っすぐ話していればいいんですよ。
さだの名作「案山子(かかし)」は、次のような歌い出しで始まる。
♪元気でいるか 街には慣れたか
友達出来たか 寂しかないか お金はあるか 今度いつかえる
就職や入学で離れていった我が子を、心配する親の思いである。それを声に出して伝えて、どこの子供が鼻で笑ったりするだろうか? もっと言わなくちゃ、と、さだは言うのである。
父や母がいて、家族が支えあう気持ちを分かりあって、僕らは、生きることを味わい、元気づけられもする。そんな思いを、彼は作品に託してきたのだと、あらためて思った。
前向いて生きる
禅宗の言葉で、夏場の行が開ける日のことを「解夏(げげ)」という。その言葉もヒントになって、さだの2作目の小説「解夏」(幻冬舎)は出来上がった。
さだ 物語は、視力を徐々に失っていくベーチェット病という難病を患い、生まれ故郷の長崎に帰っていった青年教師の心の葛藤(かっとう)と、彼を支える恋人との交流です。実際、子供のころ、そういう病気の人が近くにいて、なんとか勇気づけられないかという思いがあった。それがたまたま知った「解夏」という言葉と重なって作品になりました。生きることは苦しいけど頑張って生きていこう。応援したい気持ちで書いた小説です。
−−重いテーマですよね
さだ 人生には、いろいろなことがあります。僕は行(ぎょう)という言葉をよく使いますけど、人生は行なんだと思います。
−−行、つまり修行の行ですよね
さだ そうです。今年、僕もデビュー30周年です。素晴らしいファンにも支えられて、ここまでやってこられましたけど、それは、やはりいろんなことがあったわけで。
80年から81年にかけ日中合作ドキュメンタリー映画「長江」の総監督、主演、音楽を担当した。しかし、興行的に失敗し、製作者でもあったさだに35億円もの借金が残った。28歳のときだった。
−−借金もそうですか
さだ そう。35億って、ゼロが8つもついてるんですよ(笑い)。働いても、働いても、ほんの少ししか減っていかないし。働けど、働けどの思いで20年ですよ。もう1度、若さをやるから、28歳に戻れって言われても、「もう結構です」(笑い)。
−−これからは
さだ 少し落ち着けたので、もうひと踏ん張り。「もうひと色」出してみたい。そんな感じですかね。それは、欲かもしれないけど、人生、そうやって前を向いて生きていくものじゃないですか。
終わらない行−。
さだは、快活にしゃべり続けた。笑いを交え、時には大きなジェスチャーまで飛び出した。話の重さに反比例するかのような明るい語り口。その軽やかさが似合っていた。それは、彼の歌が、悲しい詞に、さわやかで美しいメロディが似合うように…。
生きる哀れが分かっているから優しい
テレビドラマ「精霊流し」で脚本を担当した市川森一さん(62) さださんが著すメランコリックな世界は、疲弊した現代人の心を、これ以上ないほどいやしてくれる。それをよく考えてみれば、死と向き合って生きている世界が描かれているからではないでしょうか。僕も同じだが、彼も長崎っ子。精霊流しという祭りを毎年経験し、原爆も体験し、近くに被爆を経験した人もいるはずです。そんな環境で育ち、たくさんの死を見てきたから、生きることの哀れが分かる。彼のやさしさは、そんなところからきているように思う。人との出会いに、彼は一期一会を感じているのではないでしょうか。大変ユーモアにあふれた明るい方なのですが、我々が、彼の作品にいやされるのは、そういうことだと思います。
さだまさしレコード・セールスベスト5
◇シングル @関白宣言 169万枚A精霊流し(グレープ) 95万枚B親父の一番長い日 90万枚C雨やどり 83万枚D防人の詩 65万枚
◇アルバム @三年坂(グレープライブ) 93万枚A風見鶏 92万枚B私花集 89万枚C夢供養 84万枚D帰去来 64万枚
映画化2作品ストーリー
◆「精霊流し」 桜井雅彦は、ソロのバイオリニストを目指すも挫折し、東京で目的の見えない大学生活を送っている。そんな彼を励ますのは、いとこの春人やバイオリンのライバルだった岸田涼子。しかし彼らは生き急ぎ、雅彦の前から姿を消す。何年後かの夏。シンガー・ソングライターとして成功した雅彦は、盆祭りの「精霊舟」を引くため、長崎に帰郷した。忘れられない青春の日々に思いをはせながら舟を引く。出演は松坂慶子、内田朝陽、田中邦衛ら。田中光敏監督。12月に公開予定。
◆「解夏」 東京で小学校の教師をしていた隆之は、視力を徐々に失う病に侵され、母の住む長崎に帰った。東京に残した恋人の陽子が彼を追いかけてやってくる。この先の人生に悩む隆之。そこに、かつての教え子たちからの手紙が届く。周囲の温かい気持ちに励まされ、隆之は、次第に強い心で生き続けようと決意する。主演は大沢たかお、石田ゆり子。ほかに富司純子、松村達雄らが出演。磯村一路監督。来年1月に公開予定。
◆映画「長江」 80年から81年にかけ、撮影総尺数120万フィートという一大中国ロケを敢行したドキュメンタリー映画。上海を起点に南京、武漢、重慶、成都と長江を遡りながら、中国の自然、歴史、文化、人間を描いた。
◆さだ まさし(本名・佐田雅志)1952年(昭和27年)4月10日、長崎市生まれ。小学時代に毎日コンクールで2度入賞。小学校を卒業後、ソロ・バイオリニストを目指し単身上京。国学院大を2年で中退し、長崎に帰り吉田政美とフォークグループ「グレープ」を結成。「精霊流し」「無縁坂」がヒット。その後、ソロ歌手として「雨やどり」で人気歌手に。79年「関白宣言」が100万枚突破。87年から毎年夏に長崎市で平和祈願コンサートを開催。83年スチュワーデスの映子夫人と結婚。1男1女。
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