平和の祭典を彩る最高の見せ場「聖火台への点火」、そこへつなぐ「聖火リレー」は、2020年東京五輪・パラリンピックにおいて国民最大の関心事だ。今年2月から検討委員会が発足し、女優泉ピン子(69)も参加して現在、コンセプトを決める議論を重ねている。47都道府県を回る方針が決まり、オールジャパンとして世界に何を伝えるのか―。泉と同委員長を務める大会組織委員会の布村幸彦副事務総長(62)に聞いた。【荻島弘一、三須一紀】


64年17歳の時 白黒テレビで見たあの感動を再び

聖火リレー検討委員会の泉ピン子委員(左)と布村委員長
聖火リレー検討委員会の泉ピン子委員(左)と布村委員長

 キャバレー「チャーミング」の白黒テレビは連日、東京五輪を映していた。約100キロ離れた静岡・沼津で売れない漫談師をしていた17歳の泉は、ヒーローたちの活躍を目に焼き付けた。銀座に生まれたが、世界最大の祭典に直接触れることはなかった。

 おしん、渡る世間は鬼ばかり…。数え切れないドラマに出演し、国民的な女優となった53年後の泉に、身の引き締まる仕事が舞い込んだ。20年東京大会の聖火リレー計画を検討する大役だった。

 18人の委員の中で、いわゆる芸能人は泉1人。「ド素人だけど、専門家ではない意見を求められ、選んでいただいたと思う」。芸能界の大御所も、同委員会は完全ボランティア。「今年70歳。ここまで走り抜け、全国の方に応援していただき、これが最後の恩返しだと思っている。今後『渡る世間―』の撮影に入るが、この会議には1度も抜けることなく参加したい」と重みを感じている。


3・11生まれの子最終走者に


 「復興五輪」を強く意識。14年夏の本紙インタビュー以来、変わらぬ思いがある。

 「最終走者は金メダリストなど有名な方が多いけど、あくまでも私の夢だが、20年東京大会は震災で親御さんを亡くした子どもたち、3・11に生まれた子どもたちに務めてもらいたい」

 東日本大震災の年に生まれた子どもたちは20年にはまだ10歳に満たない。「世界トップレベルの日本のものづくり技術で、軽量なトーチを作って」とも訴えた。


盛り上がるテーマソングを


 一方で、リレー全体を派手に盛り上げることも重要だと指摘し「聖火リレーテーマ曲」の作成を希望した。リレーに限ったものではないが64年東京五輪では「東京五輪音頭」、72年札幌冬季五輪では「虹と雪のバラード」と、機運醸成のためにテーマ曲が作られた。

 委員会では47都道府県だけでなく、開催都市東京の島しょ部にも聖火を通したい意向がある。一方で、国際オリンピック委員会(IOC)の内規では「100日以内」「一筆書き」というルールがあり、ネックになっているが「それじゃ小笠原諸島に行けない。東北の沿岸部を回るのも大変」と話し、IOCと交渉して内規の緩和を求めるべきとの考えを示した。

 委員の契約は20年9月30日まで続く。「それまでは死ねない。(渡鬼の脚本家)橋田寿賀子は92歳だけど(笑い)。高齢者の方もどんどん走ってほしい」。聖火リレーを語る泉の目は、白黒テレビにくぎ付けになった17歳の頃のように、輝いていた。


「100日以内」「一筆書き」解除必要なら IOCと交渉


 検討委は「133日」というリレー期間を示した。布村氏は「被災地や開催都市を重点的に回ることを踏まえ積み重ねた日数。決定ではない」と説明した。

 「一筆書き」ルールの緩和をIOCと交渉するかは現在、慎重に協議中。64年大会では北海道、宮崎県、鹿児島県から4ルートで東京を目指し34日間で終了したが、延べ日数でいえば約120日となる。現在の聖火リレーは大がかりな先導車やキャラバン隊、それを守る警備隊が隊列を組むため、複数ルートは経費がかさむ。また、IOCは「聖なる火」という観点から「分火」を望んでいない。

 8月までにIOCに東京大会のコンセプトを提示するが、その理念を実現するために「100日以上」「2ルート以上」の必要性があれば交渉を開始する。

 検討委員会では出発地の検討も開始。寒暖の合理性を考え、沖縄から桜前線とともに北上する案や、被災地出発案が示された。

 具体的なルート選定は組織委がコンセプトとガイドラインを示した上で、各都道府県に実行委員会を設置して決めていく。各自治体に一定の裁量が与えられるが、北海道は先月、北方領土を回ってほしいと組織委に要望。この提案に布村氏は「政治的な問題なので関係各所と相談しないと決められない」とした。

 検討委事務局によると、最近の過去大会の聖火リレー予算は数十億円。各自治体を回る際に行われる都道府県警の警備費は通常の行政経費として計上する予定で、リレー予算には含まない方針。離島など遠方への移動には、フェリーなどの公共交通機関を使って運ぶ予定。

 14年ソチ冬季五輪では、聖火がロケットに乗って宇宙へ行った。「平和を伝えるサプライズはあるか」と聞くと布村氏は「何かしてみたい。ハイテクノロジーなもの、イノベーティブ(革新的)なものができれば」と熱く語った。

聖火リレーのルート案
聖火リレーのルート案

北方領土とアイヌ文化「民族共生象徴空間」を北海道


 国内の各自治体は聖火リレーについて、組織委へさまざまな要望をしている。北海道の高橋はるみ知事が北方領土、根室管内、白老町に開設されるアイヌ文化の「民族共生象徴空間」を回るよう要望した。

 道庁スポーツ振興課の担当者は「北方領土は平和の象徴として実現できればという思い」と話し、実際のロシア側との交渉はこれからで、国などの協力が必要となる。アイヌ文化については「過去の五輪では、その国の先住民族の文化を紹介することが多い。東京大会でもという知事の思い」と説明した。

 埼玉県草加市や岐阜県大垣市などは、江戸時代の俳人・松尾芭蕉の紀行俳句集「おくのほそ道」で回ったルートを提案している。88年から毎年行われている「奥の細道サミット」を構成する、両市を含めた32市区町、6団体が14万2627人の署名とともに、組織委に要望書を提出した。

 芭蕉は1689年(元禄2)に江東区深川を出発し、東北の仙台、宮城県石巻、岩手県平泉を経由し、日本海側を南下して、大垣市に到着。約2400キロだった。到着地の大垣市か、芭蕉誕生の地である三重県伊賀市を聖火リレーの出発地とし、深川を経由して新国立競技場へと向かう案だ。被災地も通ることから「復興五輪」にもつながり、俳句を通じて、地方の文化を訪日外国人にアピールする効果もあるという。

 また、石巻市が東日本大震災における最大被害を受けた自治体として、出発地への立候補を表明している。現在、64年東京五輪で使われた旧国立競技場の聖火台が同市に貸し出されており、出発点と考えている。他の自治体に先んじて毎年、誘致のためのイベントを開催している。

泉ピン子(右)。左は聖火リレー検討委員会の布村幸彦委員長
泉ピン子(右)。左は聖火リレー検討委員会の布村幸彦委員長

日本で行われた 五輪聖火リレーコースと最終走者


◆64年東京五輪

 コース 沖縄→(1)鹿児島発日本海側ルート (2)宮崎発太平洋側ルート (3)北海道発日本海側ルート (4)北海道発太平洋側ルート→皇居前広場に集結→国立競技場 ※夏季五輪での分火は同大会のみ

 期間 9月7日~10月10日の34日間

 点火者 坂井義則氏(当時、早大陸上部員。原爆投下の45年8月6日に広島県で誕生)


◆72年札幌冬季五輪

 コース 沖縄→東京→山梨→(1)太平洋側ルート (2)日本海側ルート→青森→函館→(1)道南ルート (2)道北ルート(稚内など) (3)道東ルート(釧路、根室管内)→札幌・真駒内屋内競技場

 期間 71年12月30日~72年2月3日の36日間

 点火者 高田英基氏(当時、市立札幌旭丘高生)


◆98年長野冬季五輪

 コース (1)北海道発東日本ルート (2)鹿児島発西日本・太平洋ルート (3)沖縄発(熊本経由)西日本・日本海ルート→長野五輪スタジアム

 期間 1月6日~2月7日の33日間

 点火者 伊藤みどり氏(92年アルベールビル五輪女子フィギュアスケート銀メダリスト)


 ◆布村幸彦(ぬのむら・ゆきひこ)1955年(昭30)2月15日、富山市生まれ。東大法学部を経て、文部省(現文部科学省)入省。スポーツ・青少年局長、高等教育局長などを歴任し、14年1月から現職。


(2017年6月14日付本紙掲載)

【注】年齢、記録などは本紙掲載時。