2020年東京の街は、どれほどバリアフリー化されているのか。今日29日は東京パラリンピック開幕のちょうど1000日前。障害がある外国人は無事、空港から競技会場へ行けるのか。物理的な段差、心の隔たりがない社会―。「言うは易く行うは難し」というが、五輪開幕まで残された期間は、もう2年8カ月。車いす利用者の目線は、東京、日本の現実を突きつけた。【三須一紀】

相田忠男氏の電動車いすの前輪が横になっている。3㌢ほどの段差にぶつかると前輪が同様となり、段差を越えられないという(撮影・三須一紀)
相田忠男氏の電動車いすの前輪が横になっている。3㌢ほどの段差にぶつかると前輪が同様となり、段差を越えられないという(撮影・三須一紀)

■一般社団法人「無段差社会」相田忠男理事長


 「電動車いすは3センチの段差でも越えられない時がある」。一般社団法人「無段差社会」の相田忠男理事長(63)はそう話す。車いすを利用しない人には分からないが、日本の道路標識の中心である東京・日本橋付近でも「歩道はガタガタします」と語る。

 その上、交差点にある車道と歩道の境目は3センチ以上の段差がある場所があり、頸椎(けいつい)損傷で首から下が不随の相田さんでは、車いすを〝ウィリー走行〟させることはできず、通行できない。

 「世界の都市総合力ランキング」(森記念財団・都市戦略研究所)で東京は英ロンドン、米ニューヨークに続き3位だが、障がい者の目線からはまだ、多くの障壁がある。

 「ながらスマホ」も危ない。「私の車いすでの身長は120センチ程度。170センチの成人男性の視界に入りにくいので、私が避けなければならない」という。

 トイレ問題も重要だ。「誰でもトイレ」は増えているが、大切なのは人工肛門・ぼうこうの人が利用するオストメイト機能が付いているかどうか。「デパートでもどこでも、エスカレーター下のデッドスペースなどに、電話ボックス程度の広さで構わないので、オストメイト施設を造ってくれるとありがたい」と提案した。

 ただ、設備面は急激には変わらない。そこで「無段差社会」は、IT関連会社とともに、バリアフリーや危険箇所を知らせるマップアプリ「ひとナビTAUG」を開発中。車いすに装着すれば、進行方向60度の各情報のアイコンが、スマホ画面上にポップアップされる。IDとパスワードを取得したユーザーが気付いた情報を、アプリに投稿。人の気付き、思いやりが増えるほど、マップの完成度は高まっていく。まさに、バリアフリー社会へソフト面の改善だ。

 健常者にも参加してもらう試みも考えている。お祭りのみこしや山車にGPS機能を付けて、どこにいるか分かるようにするなど、娯楽性も付加すれば、あらゆる人が参加する可能性がある。

 「将来的には10カ国語対応にしたい。19年ラグビーW杯、20年には実用化したい」。ただ、資金難などの問題もある。大手シンクタンクなどに話を聞いてはもらったが結局、「実績がない」との理由で断られた。さらなるパートナーも探している。

 障がい者への新たな「声掛け」の方法も模索。「大丈夫ですか?」と聞かれるとつい「大丈夫です」と遠慮してしまう日本人。相田さんの女性介助者も「本当は手助けしてもらいたい場面でも『介助は私の仕事だから』とつい、断ってしまう」。相田さんは「英語の『May I help you?』のように気軽に聞こえる日本語がないか探してます。関西弁の『どうしたん?』『おおきに』のように気軽な標準語ないですかね」と笑う。

 バリアフリー設備の充実も必要だが、最後は人の心。「駅のエレベーター設置がさかんだが、普通の人が多く並んで、車いすやベビーカーが利用できない。押しつけではなく自然と譲ってもらえる世の中にしたい」と穏やかに語った。

 ◆相田忠男(あいだ・ただお)1954年(昭29)7月28日、埼玉県大宮市(現さいたま市)生まれ。中大経済学部卒業。広告制作会社に勤務後、フリーランスに。07年に恵比寿のエスカレーターで転落し、頸椎(けいつい)を損傷。首から下が不随となった。

東京・日本橋北詰の交差点にある横断歩道と歩道との段差(撮影・三須一紀)
東京・日本橋北詰の交差点にある横断歩道と歩道との段差(撮影・三須一紀)

<10年後の社会を変えられるチャンスをもらった>

 東京五輪・パラリンピックが決まったことで「10年後の社会を変えられるチャンスをもらった」と桐蔭横浜大の田中暢子准教授は話す。田中氏は大会組織委員会の「街づくり・持続可能性委員会」のメンバーでもあり、組織委の会議でも積極的に発言し、東京大会の成功に向け尽力している。

 16年4月に障害者差別解消法が施行されるなど、日本の環境も変わってきた。しかし、世界に比べて日本はまだ遅れているという。

 「日本はマニュアルに忠実になりすぎている」。田中氏は14歳の時、骨肉腫で左足が義足になった。車いすは手動式で、立ち上がることもできる。しかし、3、4年前、日本のある都市の空港で「障がい者は介助者がいない場合は動かないでほしい」と職員に言われた。ある病院でも「介助者を連れてきて」と1人で来ることを拒まれた。かつてJR東京駅では電車に乗るまで約30分間も待たされた。

 米国では90年、既に「障害のあるアメリカ人法」が制定。03~13年に英国に留学していた田中氏は12年ロンドン五輪・パラリンピックで英国が確実に変わったと実感したという。「昔の駅員は『(障がい者への対応は)俺の仕事じゃない』という姿勢でしたが、そんな駅員の態度が変わりました」。駅の設備は日本の方が優れているという。それでも英国の方が障がい者が生活しやすい社会になった。12年ロンドン大会が成功したと言われるゆえんだ。

 駅にエレベーターを新設したり、空港施設を改善するだけでは足りないとも指摘する。「点と点を改善しても意味がない。そこを結ぶ線も改善しないと」。さらに、見た目だけでは分からない障がい者もいる。聴覚、知的障害者には情報のバリアフリーが必要だという。例えば、聴覚障害者に対しては電車の電光掲示板をもっと大きくするなど、対応策はたくさんある。

 車いす利用者が電車に乗降する際、車内に流れるアナウンスも、人によっては、自分のせいで電車を止めてしまっていると気にしてしまうという。「放送もなく、自然とできる日本になれたら」と話した。

 東京、日本もパラリンピックで大きく変わることを期待している。「『障害があって大変ね』で終わってしまってはダメ。パラリンピアンがそこを変えるリーダーになってほしい」。施設・設備面の改善は多額の税金がかかるが、人の意識を変えるにはお金はかからない。「オリパラが日本の街の住みやすさに、間違いなく一石を投じてくれるはず」と力強く語った。

 ◆障害者差別解消法 13年6月公布、16年4月施行。公的機関は障がい者への「合理的配慮」の対策に取り込むことを法定義務とするが、民間事業者は努力義務。特に必要があるとき、国は対応指針に定める事項について、当該事業者に対し、報告を求めることがある。拒否したり、虚偽の報告をした場合は罰則の対象となる。