今こそ古代オリンピックの「聖なる休戦」復活を! 2018年平昌大会、20年東京大会の五輪・パラリンピック期間中、全世界に休戦を求める署名運動が昨年末、日本発でスタートした。日本スポーツ学会が「オリンピック・パラリンピック休戦委員会」を立ち上げ、呼び掛け人には国連の明石康元事務次長をはじめ、国際オリンピック委員会(IOC)の猪谷千春名誉委員らスポーツ界の顔が名前を連ねる。北朝鮮問題で緊迫する東アジアで続けて開催される両大会に誰もが安心して参加できるよう、休戦運動を世界中に広げていく。【取材・構成 首藤正徳】

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 発端は昨年9月だった。フランスのフレセル・スポーツ相がラジオで「安全が確保されなければフランス選手団は国内にとどまる」と、平昌大会への派遣見送りを示唆した。これを皮切りにドイツやオーストリアなど欧州各国から選手派遣を危惧する声が次々と上がった。北朝鮮の核実験と弾道ミサイル発射による脅威が、ついに「平和の祭典」に忍び寄ってきた。

 この状況に危機感を強めた日本スポーツ学会では昨年末、平昌大会期間中の休戦を世界中に呼び掛ける署名運動を開始した。事務局の波多野圭吾氏は「同じ東アジアで開催される20年東京大会を控える中、平昌大会は何としても平和に開催されなければならない。そのために古代オリンピックで実施された『五輪休戦』を、再び世界に広く発信していこうと考えました」と経緯を説明する。

 紀元前9世紀頃に始まった古代オリンピックは、ギリシャの都市国家間で休戦協定が結ばれ、大会期間中にすべての戦いが停止された。それが300回近くも続いた最大の要因だった。一方、近代五輪は夏季だけでも過去3度も戦争で中止されている。93年から五輪開催前年の国連総会で「五輪休戦」が採択されるようになったが、08年北京五輪期間中にロシアがジョージアに侵攻するなど効力は薄い。今回の署名運動は休戦のうねりを市民レベルから起こすのが狙いだ。

 賛同した国連の明石康元事務次長が、呼び掛け人として草案を事務局に提示した。そのほか日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長やメダリストらスポーツ界の顔が呼び掛け人に名前を連ねた。その1人、IOCの猪谷千春名誉委員は「ボイコットで一番被害を受けるのは若い選手。それは絶対に避けなければならない。五輪はスポーツを通じた平和運動でもある。そこが世界選手権やW杯とは違う」と強調する。

 実際にボイコットの被害を受けた80年モスクワ五輪の幻の代表だった体操女子の笹田弥生さんと津田桂さんも、呼び掛け人に名乗りを上げた。「モスクワの時は高校生でした。必死で練習してようやくつかんだ五輪切符を、自分の身に覚えのないことで失った。あんな経験はどの国の選手にも絶対にしてほしくない」と、津田さんは戦争の余波により夢を奪われた苦い体験を今と重ね、署名運動への賛同を求めた。

 20年東京大会を目指すレスリング世界王者の文田健一郎(日体大)は、現役選手の立場から休戦運動の必要性を呼び掛ける。「北朝鮮問題で五輪不参加を示唆したニュースに衝撃を受けた。競技以外で不安があると選手は練習に集中できなくなる。20年大会を目指している自分も人ごとではないと強く感じた。そのためにも五輪休戦という活動を知ってもらいたい」と真剣な顔で話した。

 国連で採択される「五輪休戦」は、前後7日間を含めた五輪期間中だが、今回の署名運動はパラリンピック期間中も含まれている。実は14年ソチ大会では五輪閉幕直後に開催国のロシアがクリミアに侵攻。16年リオデジャネイロ・パラリンピック開幕直後には北朝鮮が核実験を再開した。「五輪休戦」の認識が世界に広がってきた一方で、パラリンピックが軽視されている実情がある。

 日本パラリンピアンズ協会副会長で平昌パラリンピックの選手団長を務める大日方邦子さんは「ソチ大会ではパラリンピックはどうなってしまうのか強い不安を感じた。パラ選手は戦争で障害を負った選手も多いので、平和の尊さも強く感じている。戦争でスポーツを奪われるのは五輪もパラリンピックも同じ。パラ期間中も通した休戦であってほしい」と訴えた。

 集めた署名は国連、IOC、大会組織委員会などに届けられる。幸いにも今月9日の南北会談で北朝鮮が平昌大会への参加を表明したことで、融和ムードで大会が開催されそうな方向だが、非核化などの根本的な問題は解決されていない。日本スポーツ学会では平昌大会閉幕後も引き続き、20年東京大会へ向かって署名運動を続け、休戦を世界にアピールしていくという。

 「世界が五輪停戦(休戦)を順守して五輪とパラリンピックを開催する。その停戦がきっかけとなり、争いが起きている地域で話し合いがなされ、争いの数が減って平和が戻る。近い将来、そんな世界が実現してほしい」と猪谷氏。20年東京大会へ向けた休戦への市民のうねりが、その求心力になる。


 ◆署名の方法 日本スポーツ学会HP(https://sports-gakkai.jp/)にアクセスし、トップページの「オンライン上での署名はこちらから」をクリック。リンク先HPから氏名、メールアドレスを入力して「賛同!」をクリックすれば完了。またファクスの場合は日本スポーツ学会HPから署名フォームを印刷し、住所、氏名を記入の上、03・6730・1971まで送信ください。


 ◆日本スポーツ学会 1998年(平10)1月、競技のあらゆる垣根を越えて、市民レベルでスポーツを文化として考えようと設立された。会員は競技団体、元選手、大学教授、企業、メディアの関係者ら幅広く、300人を超える。年に5回前後、ゲストを招いて「スポーツを語り合う会」を実施。10年に「日本スポーツ学会大賞」を創設し、スポーツの発展に貢献した人や団体を毎年表彰している。問い合わせはEメールでsports.gakkai@gmail.comまで