2020年東京オリンピックで体操競技の採点に革命が起きるかもしれない。日本体操協会と富士通が手を組み、体操の技を自動採点するシステムの開発が進んでいる。3Dレーザーセンサーで選手の動きを読み取って瞬時のうちに技を認識、採点化するもので、東京五輪では審判の採点を支援する形での実用化を目指している。システムが完成すれば、日本が誇る最先端技術がスポーツ最大の舞台に導入される。【取材・構成=吉松忠弘、高場泉穂】


跳馬の演技を3Dレーザーセンサー(右の三脚)が測定している場面
跳馬の演技を3Dレーザーセンサー(右の三脚)が測定している場面

 15年2月に富士通は東京オリンピック・パラリンピックの公式スポンサーとなり、同時に推進本部を立ち上げた。同年4月に、このプロジェクトの技術開発を担当する富士通研究所では、佐々木和雄氏を中心としたスポーツの応用研究がスタート。それが、このプロジェクトの核となった。

 ゴルフなどを中心に進めていたが、体操に絞ったのが16年4月。わずか数人での船出だった。リーダーの1人、藤原英則スポーツイノベーション推進統括部長(写真)は「上層部に、なぜ野球やサッカーじゃだめなんだと言われた」。五輪で柔道、レスリングに次ぐ計31個の金メダルを獲得した体操も、一般的な認知度はその程度だった。

 社内の根回しに奔走した。藤原氏は社内の企画コンペに、このプロジェクトを提出。約1000件が集まる中で、最優秀賞を獲得した。同時に、テレビ局やスポーツ庁にも掛け合いPR。そのうち、上層部の目も変わってきた。

 しかし、全員が体操の素人だ。「内村選手がすごいぐらいしか知らなかった」(藤原氏)。技の採点規則集を手に取れば、全員が「複雑過ぎる」と驚いた。最初の分析対象に、動きの幅が少ないあん馬を選んだ。体操関係者からは「なぜ一番、難しい種目でやるのか」と不思議がられた。あん馬はすべてが連続技で、技の切れ目がない。技を分割し、人工知能(AI)に学習させるのが困難だった。

 測定を進めるにつれ、新たな課題も噴出した。体だけの動きを測定しようとすると、器具もAIが体の一部と認識した。あん馬は人間の足、つり輪は手と誤認したのだ。今度はそれを事後処理で消す作業が加わった。

 ある時、会場で3Dレーザーセンサーが誤動作を起こした。すべてをチェックしたが、問題もない。原因は選手が手の滑り止めで使う炭酸マグネシウムの白い粉だった。空中に舞っている粉が、精密機械を狂わせた。

 苦労を乗り越え、メンバーも100人近くになった。今では全員が体操の奥深さにはまり、プロジェクト名も「体操研究部」と部活のように名付けた。10月の世界選手権(ドーハ)では「採点支援システム」として実用実験を試みる。男女合わせ計10種目を完全な自動採点にするにはまだ時間が必要。しかし、20年東京五輪で支援導入するにも「今年が勝負」(藤原氏)。スポーツ革命へ、大きな勝負の年となる。


つり輪を自動採点しているイメージ例
つり輪を自動採点しているイメージ例
跳馬を自動採点支援を行っているイメージ例
跳馬を自動採点支援を行っているイメージ例

 自動採点システムは、大別すると、ハードウエアとソフトウエアの技術がある。ハードウエアは、選手の体の動きを認識するための3Dレーザーセンサーだ。スピーカーに似た箱形で、前面から演技をする選手らの対象物に、1秒間にレーザーを30回照射。それが反射して戻ってくるまでの時間から、対象物との距離を測定し、体の位置や体勢を正確に3Dデータとして収集する。レーザー光が測定する箇所は1秒間に230万点にもなる。

 運動分析には人や物の動きをデータ化する「モーションキャプチャー」が使われることが多い。赤外線を反射するマーカーを体につけ、それを赤外線カメラでとらえる。しかし、試合中の選手にマーカーはつけられない。富士通が開発した同センサーは、非接触というのが大きな利点だ。

 収集したデータはソフトウエアに解析させる。データはあくまで点の集合体にすぎない。これをリハビリ用に開発した骨格認識ソフトにかけ、関節や手足の位置、曲がり具合を把握させ、人間の体の動きとして認識させる。

 次はその動きがどの技に該当するのかを人工知能(AI)に認識させる。そのためには「技の辞書」と呼ばれるビッグデータが必要だ。現在、体操の採点規則に掲載されている技は、男子が約800、女子が約550。その技1つ1つを学習させても、新しい技には対応できない。そこで技を「1回転」、「1回ひねり」、「倒立」などの基本動作に分割して学習させ、その順列組み合わせで、どんな技でも認識できるようにした。

 最後にその技がどのぐらい正確なのか、美しいのかをAIに判断させる。採点規則に掲載されている基準は「少しだけ」とか「大きく」など抽象的な言葉が並ぶ。これを角度が何度未満だと減点いくつとか、数値化していき、AIに学習させる。このいくつかの段階を高速に行うことで、自動採点が可能となる。


<「東京ではロボットが」冗談きっかけ>

 体操採点システムは渡辺守成国際体操連盟(FIG)会長(59)の冗談をきっかけに始まった。「東京五輪ではロボットが採点しているらしいぞ」。15年、渡辺氏のこの話を聞いた富士通関係者が開発をスタートさせた。渡辺会長は5月18日、富士通のイベントでスポーツと科学の未来について講演。このシステムについて「正しく採点するだけでなく、効率のいい練習ができ、見ている人にも体操を分かりやすく伝えることができる」と狙いを語った。また、「21世紀の産業革命はスポーツから」と、スポーツと科学の結びつきによって人々の生活がよりよくなると熱弁した。

 ◆体操の採点方法 体操の得点は、技の難度を合計した難度点(D得点)と、演技の美しさを測る演技点(E得点)の合計で決まる。D得点は、1つ1つの技の難度により得点が決まっており、それを合わせることで算出。E得点は、10点満点から、演技の出来映えで減点していく。