20年東京五輪のマラソン代表選考がガラリと変わった。「マラソン・グランドチャンピオンシップ(MGC)」(来年9月15日)で男女各2枠を決定する。これまで複数の選考会の結果から選出されていたが、一発選考の要素が取り入れられた。ただMGCに出るには、一定の基準を満たさなければならず、2段階方式とも言える。残り1枠は「MGCファイナルチャレンジ」として、男女各3大会の中から、来年5月に発表の派遣設定記録を突破し、最も記録のいい選手が選ばれる。ちょっと複雑な選考方法や現状の勢力図などを本格的なマラソンシーズン突入前に詳しく解説する。


日本陸連の瀬古マラソン強化戦略プロジェクトリーダー(左)と河野陸上競技連盟強化委員会長距離・マラソンディレクター(撮影・横山健太)
日本陸連の瀬古マラソン強化戦略プロジェクトリーダー(左)と河野陸上競技連盟強化委員会長距離・マラソンディレクター(撮影・横山健太)

「選ぶ」ためから「勝つ」ための選考となった。東京五輪で結果を残すのに必要な「調整力」「重圧に耐えるメンタル」を選手に求めるため、従来の複数選考会から決別し、MGCの一発勝負で男女各2枠を決定することになった。MGCは東京五輪の再現性を高めるため、コースは発着点が新国立競技場ではなく、神宮外苑周辺であること以外同じ。時期も暑さの残る19年9月15日。午前9時台に男女別でスタートする。

運命のレースに出場するには“予選”を突破する必要がある。17年夏から19年春までに行われる(1)国内主要大会のMGCシリーズ(2)ワイルドカード(国際陸連公認大会)の2つ。ここで記録や順位の定められた数字をクリアしなければならない。その意味では、複数回のレースで結果が要求される2段階方式でもある。従来は五輪前の選考会で好走すれば、代表になれる可能性があった。しかし、過去の例から1度だけの好走では、五輪の活躍は難しいと判断。“一発屋”は五輪前に淘汰(とうた)されるシステムとした。

MGCの導入は若返りも生んだ。選考は17年8月から開始。日本陸連の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダー(62)は「若手が前倒しで、マラソンをやってくれている。これはMGCの効果」と話す。16年リオデジャネイロ五輪で、男子は石川(36歳)北島(31歳)佐々木(30歳)と平均年齢32・3歳、女子は福士(34歳)伊藤(32歳)田中(28歳)と平均年齢31・3歳だった。現在、MGC出場権獲得者の平均年齢は男子が28・1歳、女子が25・1歳だ。また、早くにMGCの切符を獲得した選手は、積極的に海外レースに参戦できるというメリットも生まれた。

アフリカ勢との差は広がり、五輪は3大会、表彰台から遠ざかる。だが、2年後の大舞台へ、マラソンは復活の兆しが見えている。その要因の1つには今回の選考方法がある。【上田悠太】



男子の現状&展望

大迫が大本命、設楽スピード魅力

レベルアップの著しい男子は、現時点で18人がMGCの切符を獲得している。日本陸連の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダー(62)は「大体の想定通りの数。層が厚くなっている」と話し、MGCは「30人から40人弱ぐらい」がスタートラインに立つと想定する。

08年北京五輪から17年世界選手権までの期間で、2時間7分台以内で走ったのは12年藤原(2時間7分48秒)と15年今井(2時間7分39秒)の2人だけ。しかし今季はすでに大迫、設楽、井上、藤本の4人が2時間8分を切った。

02年から16年間、破られることのなかった高岡寿成の2時間6分16秒の日本記録も、この1年で2時間6分11秒の設楽悠太(26=ホンダ)、2時間5分50秒の大迫傑(27=ナイキ)と2度も更新された。瀬古リーダーは「福岡国際で大迫が2時間7分19秒で走ったのが大きい。あれが他の選手に火をつけた感じがするね。同級生の設楽が頑張り、近い世代もしのぎを削っている。日本記録の報奨金1億円も1つのモチベーションになっていると思う。これからは4分台の争いになる」と分析する。

ではMGC本番はどうか。瀬古リーダーは「アクシデントがあるから分からない」とした上で「大迫が大本命でしょう。実力は頭1つ抜けている。暑いのも苦手ではない」と話す。設楽はスピードは魅力だが、不安定な要素もあるとみる。また井上、中村の名前も挙げて「これからもっとくる」と期待を寄せた。


女子の現状&展望

松田が勝負強い、対抗の前田は安定

女子は8人がMGC進出を決めている。日本陸連の河野匡長距離・マラソンディレクター(58)は「少し少ないというのが正直なところ。MGCに20人が出るのは厳しいかな」と話す。

ただ悲観はしていない。トラックでトップレベルの実力を持ちながら、マラソンに転向し、結果を残す選手が多い。17年世界選手権1万メートル代表の松田瑞生(23=ダイハツ)は初マラソンから2回連続で2時間22分台を並べた。16年リオ五輪1万メートル代表の関根花観(はなみ、22=日本郵政グループ)は日本歴代13位、初マラソンに限れば4位となる2時間23分7秒の好記録でデビュー。15、17年世界選手権、16年リオ五輪とトラックで出場した鈴木亜由子(27=日本郵政グループ)も万全な準備ができなかった中、最初の挑戦となった8月の北海道マラソンでMGC出場権を手にした。河野ディレクターは「期待を抱く選手がいい記録で走っている」。経験が少ない分、伸びしろがある選手が多い。

MGCは「記録的、トラックを含めた勝負強さを見ても松田は強い。対抗とするなら前田は安定している」と現状を見る。ただ、実力は拮抗し、鈴木、関根、安藤は万全なら大きな可能性を秘める。ベテラン勢も勝負に絡んできそう。「野上(32歳)は侮れない。アジア大会(銀)から、わずか1カ月後の福井国体で5000メートル2位。スピードがある。(13年世界選手権銅の36歳)福士は1発で権利を狙ってくる。短期間で体を絞れるし、入ってきたら台風の目だろう」と語った。