セーリングって知ってますか? 日本は周りを海に囲まれた海洋国家ですが、あまり知られていないセーリング競技。8月4日から東京五輪の会場となる神奈川県江の島ヨットハーバー沖で、同五輪の代表選考がかかる470級世界選手権が開催されます。同クラスは五輪で過去2個のメダルを獲得し、昨年の世界選手権では吉田愛(38)、吉岡美帆(28=ともにベネッセ)組が、日本女子初の金メダルに輝く快挙を達成しました。大会を前にいちからわかるセーリング講座をお届けします。

【取材・構成=吉松忠弘】


セーリング女子470級の吉田愛(左)、吉岡美帆(同右)ペア(撮影・足立雅史)
セーリング女子470級の吉田愛(左)、吉岡美帆(同右)ペア(撮影・足立雅史)

★艇の基本

五輪は艇の違いによって10種目ある。470級を例に取れば、艇の長さが4・7メートルで主な材質は繊維強化プラスチック(FRP)。帆はメインセール、ジブセールの2枚あり、3枚目の帆として、風下に進む時に使用するスピネーカーがある。この3枚の帆を乗員2人がロープで操り、最良の風を推進力に変える。

乗員2人は船尾に近いところに座るスキッパーと、船首側に座るクルーに分かれる。基本的にスキッパーはメインセールとラダーと呼ばれるかじを、クルーはジブセール、スピネーカーを担当する。また、スキッパーは艇を進める方向を指示、クルーは体を艇の外に出すハイクアウトで、バランスを取るのが主な役目だ。2人の合計適正体重は130キロ前後といわれる。


セーリング男子(470級)の長谷川孝(左)と市野直毅のペア
セーリング男子(470級)の長谷川孝(左)と市野直毅のペア

艇を帆走させる準備を「艤装(ぎそう)」と言うが、そのデモを男子470級の市野直毅(31=島精機製作所)、長谷川孝(34=横浜ゴム)組にお願いした。順番はいろいろなパターンがあるが、同組はまずジブセールを上げる。次にマストの傾きをテンションゲージというバネばかりで測る。その後、金具やロープといった装備をチェックし、最後にメインセールを上げる。


艤装(1)ジブセールを上げる
艤装(1)ジブセールを上げる
艤装(2)テンションゲージでマストの傾きを測る
艤装(2)テンションゲージでマストの傾きを測る
艤装(3)セールを操る数々のロープや器具をチェック
艤装(3)セールを操る数々のロープや器具をチェック
艤装(4)メーンセールを上げる
艤装(4)メーンセールを上げる
艤装(5)470級の全艇
艤装(5)470級の全艇

★セーリング(帆走)の基本

帆に風を受け風下に進むヨット。しかし、そのイメージは18世紀頃に終わっている。現代のヨットは風上に向かって進む。基本原理はこうだ。風が帆(セール)に流れると、ふくらみができる。ふくらんだ側が気圧が低くなり、へこんだ側が気圧が高くなり、高い気圧から低い気圧の方へ、風の方向と90度に動く力、「揚力」が生まれる。

揚力は、艇を横に流す力と前進させる推進力に分かれる。その内の横に流す力を、艇の下にある板状のセンターボードで打ち消す。そうすると推進力だけが残り、ヨットは風上に進める。

ただ、その推進力は向かい風に対し約45度で、ヨットは風に向かって、最大約45度の角度でしか進めない。そのため、ジグザグの航路を取り目的地に向かう。そのジグザグ帆走を風上に向かう時は「タッキング」、風下に向かう時は「ジャイビング」という。


吉田愛(左)と吉岡美帆ペア
吉田愛(左)と吉岡美帆ペア

★レース競技の基本

五輪や世界選手権ではまず最初に10~12レースを行う。そこまでの上位10艇で、最後にメダルレースを行い、すべてのレースの合計得点で総合順位を争う。得点は低得点方式で1位は1点、2位は2点。メダルレースだけは1位が2点、2位が4点と倍になる。最初の10~12レースでは、最も悪い成績を除外できる。

スタートは必ず風下から風上に向かう。コースはいくつかあるが海上に設置されたマーク(ブイ)を周回し、ゴール順位を競う。指示された順番で周回すれば、どのような方向に帆走してもかまわない。1レースは約20~50分。1日に約2、3レースが行われる。天候が悪条件となった場合、何レースをやれば成立するかは、大会規則で事前に告知される。

各艇のコース取りは自由だが、艇同士が接触しないようにルールはある。大きく分けて3つ。<1>方向転換の進行が反対の艇同士が出会った場合は、進行方向に対して右側から風を受けている艇が優先する<2>同じ方向転換の艇同士が重なっている場合は、風下艇が優先<3>同じ進行方向で前後の場合、後ろの艇が前の艇をよけなければならない。


◆セーリング 帆に風を受けて水上の艇を進める競技で、東京五輪では男子5種目、女子4種目、男女混合1種目の計10種目を実施する。男女のRSX級はウインドサーフィンの種目。日本では艇長が4・7メートルの470級が盛んで、96年アトランタ五輪で女子の重由美子、木下アリーシア組が銀メダル、04年アテネ五輪で男子の関一人、轟賢二郎組が銅メダルを獲得した。


■3位以内日本人最上位で内定

◆セーリング東京五輪への道 五輪全10種目で、開催国として、すべて出場枠を持つ。代表争いは19年から、各種目の選考レース2~3大会を指定。各大会の順位に得点を与え、総合得点が最も多い選手かペアが代表となる。また、19年種目別世界選手権で3位以内に入った日本人最上位の選手かチームは代表に内定し、選考レースはその時点で打ち切られる。470級の指定レースは世界選手権を含む残り2大会。


◆世界選手権展望 男女ともに日本選手はメダル候補。特に女子は、昨年大会金メダルで東京五輪代表選考レースで首位を走る吉田、吉岡組は、表彰台で代表を内定させたい。男子は昨年銀メダルの磯崎、高柳組が選考レースで出遅れ混戦模様。同レースで首位に立つ市野、長谷川組を含む上位4~5組に表彰台の実力があり、一発逆転もあり得る。男女ともに3位以内に入れなくても、世界選手権は同レースのボーナス点が多いため上位に進出したい。レース海面は、東京五輪で使用する海面が予定されている。江の島の気象の特徴は、大きなくせがないところ。風は南の風の時、ときおりうねりが大きくなるという。