キング抜きでどうなる団体戦? 体操の五輪代表選考の本格的なスタートを告げる全日本選手権(高崎アリーナ)が、15日から始まる。16年リオデジャネイロオリンピック(五輪)で金メダルを獲得した男子の団体総合は、この5年で陣容が大きく変わった。内村航平が不在、そして直近ではロシア、中国に後れを取った。母国開催の逆襲の鍵とは? 米国監督などを務め、金メダリストを育てた世界の名将、浜田貞雄氏に聞く。【取材・構成=阿部健吾】

自宅のつり輪につかまり笑顔の浜田さん
自宅のつり輪につかまり笑顔の浜田さん

東京五輪の団体戦を戦うのは4人。決勝は各種目3人の総得点を競う。「6種目できるオールラウンダーが2人。そこで弱い種目を残りの2人が補う。単純ですが、その国が五輪に向けてどう強化してきたかが問われる」。浜田氏に代表選考の展望を聞くと、昨年末の全日本選手権の成績一覧を見ながら、語り出した。

6種目×3回=18回の得点で、4人の中からどれだけ多く得意種目を繰り出せるかが、勝負を決める。各選手には長短があり、人数が限られる中で、パズルのようにはめていかねばならない。そのピースを決めるのが選考会だ。「現在のオールラウンダー候補は萱、北園、谷川兄弟、橋本の5人ですね」と話を進める。

日本勢は、全日本選手権とNHK(5月)の個人総合の結果上位2人をまず代表に選び、6月の全日本種目別までの結果で残りを選ぶ。先の2人の得点と見比べ、6種目の合計のチーム得点が最高になるように、貢献度で人選する。ただし…。「全日本の結果では、ぴたっとはまる残りの2人が見つけづらい」。

日本の選手の特徴を「得意種目が似ている選手が多い」と分析する。技の難度を示すD得点の高さで、床運動、あん馬、平行棒、鉄棒で飛び抜けた選手がいない。そして、つり輪は総じてD得点が低い。似た選手が多いことで、得意種目の分散がかなわず、「どこかで3選手の中で1人、低い得点が生まれてしまう」と懸念する。

男子団体総合の代表選考
男子団体総合の代表選考

19年の世界選手権ではロシア、中国に続く3位。上位2カ国を「長期的な視野に立って、弱点種目をなくし、高得点を得る種目を作ってきている」と分析する。五輪を見据え、早期にメンバーをある程度固定することで、チームとして徹底した強化に励み、ピースを作り上げる。

これは現在の日本のシステムでは難しい。各所属での強化がまずある。「日本代表という視点から見れば、弱点種目の強化はできるが、所属だけではその判断は難しいでしょう」。さらに、選考会は五輪直前まである。「失敗したら終わりなので、選手は難度を上げるのではなく、安定させることが最優先。そして、代表に決まってから難度を上げる時間もない」。

例えば、ある世界選手権では、ロシア選手が鉄棒で落下を続けながら3回も同じ離れ技を行う姿を見た。「難しい技を決めることが大事だったのでしょう」。五輪から逆算した強化の一端を見た。

「日本の学生のレベルは間違いなく世界一。層の厚さも。富士山のように裾野が広い。ただ、世界のトップはいま、天に突き刺すようにとがるマッターホルンのようです」。

標高3776メートルの国内最高峰は、噴火でとがっていない。横ばいに一定の能力を持った選手はそろうのが日本。一方、マッターホルンの4478メートルの剣山をロシア、中国と見立てる。少数の精鋭がそろう。実際に、標高差ほど大きな力の差はないが、現実を鋭く言い表す比喩だ。

これまでは内村航平という「マッターホルン」がいた。弱点種目を補える陣容を作れ、リオでは金メダルを手にした。「ですが、内村がメンバーを外れると、富士山の高さでは世界の山に届かなくなった」。

では、いかに標高を高くできるか。「選考会で、貢献度狙いの選手が難度を上げてきたらおもしろい。『ビッグガン(大砲)』が出てくれば」。すでにつり輪で15点と群を抜く神本が、もう1種目で難度を上げれば代表に大前進すると説く。他にも挑む選手がいれば…。20年の全日本から4カ月、本来は難度を上げるのは難しい期間だが、攻めの懸けが決まれば、それがチーム強化につながる。

果たして「挑戦者」はでてくるか。内村不在で臨む4大会ぶりの五輪。母国開催の大勢を占う勝負の時が始まる。

東京五輪の団体総合日本代表候補選手
東京五輪の団体総合日本代表候補選手

◆浜田貞雄(はまだ・さだお)1946年(昭21)11月6日、高知県生まれ。69年に日体大を卒業後に渡米。ケント大で修士号取得後に72年からスタンフォード大学で指導。無名校を92年には大学制覇まで育て、96年アトランタ五輪では米国人の愛弟子が平行棒で銀。12年ロンドン五輪ではオランダ代表を率いて鉄棒で金。16年からは台湾で総監督となり、昨年の世界選手権で64年東京大会以来となる東京五輪に導いた。昨年8月に任期満了で同監督を退いた。


<展望>

候補1番手は昨年末の全日本選手権を初制覇し、自らエースに名乗りを上げた萱。リオ五輪補欠の悔しさを胸に、つり輪などの苦手種目も長期的に強化し、高いレベルで6種目をそろえる。安定感を考えれば、1位通過の可能性は高い。

2番手は混戦。18年ユース五輪5冠の新星、北園は正確な演技で高いEスコア(出来栄え点)を持つ。谷川兄弟の弟翔は、開脚姿勢での難度を上げた演技に定評があり、あん馬では上位陣最高のDスコアを持つ。兄航も高水準の6種目に、跳馬では頭1つ抜けた大技「リ・セグァン2」が武器。19年世界選手権で輝いた橋本大輝も含め、落下などの大過失があれば脱落のレース展開になる。

貢献点候補で、特徴ある選手としては、リオ五輪補欠の神本がつり輪で15点を超える。6種目合計で80点台前半の選手が上位に食い込むには、難度を上げて正確性を保つかが問われる。

萱和磨(2020年12月13日撮影)
萱和磨(2020年12月13日撮影)

◆男子個人枠の選考 4枠の団体総合の他、日本には最大2枠の個人枠を得る可能性が残されている。個人総合のワールドカップ(W杯)で1枠を確保し、今後は5月のアジア選手権の結果、または6月に開催の延びた種目別W杯の成績により、もう1枠が付与される。

鉄棒1種目に専念した内村が狙うのは個人枠。団体枠と同じく、全日本選手権、NHK杯、全日本種目別選手権の結果で、代表権がかかる。枠は鉄棒だけでなく、他5種目の選手もライバルとなり、激しい国内の代表争いが待つ。

選考方法は、日本協会が19年世界選手権から全日本種目別まで7大会、海外選手、団体代表4人などの得点を対象にした独自の世界ランクを作成。全日本種目別後に同ランク突破者の順位ごとにポイントを与え、5試合の総合ポイントで競う。1位かつ0・2点差以上は40点、1位は30点、2位は20点と続く。

◆女子の五輪代表選考 東京五輪の代表枠は最大で6人。団体枠の4人は確保しており、全日本選手権、NHK杯の上位3人を選出。残る1人は強化本部長による推薦を優先順位のトップに置く。エース村上茉愛、3大会連続出場を狙う寺本明日香、姉妹出場に挑む畠田瞳、千愛、米国で有望選手だった相馬生らが有力候補となる。個人枠では種目別W杯の結果で、平均台の芦川うららが有力となっている。