<元NHKアナウンサー スポーツジャーナリスト 島村俊治氏(75)>

 私はNHKのアナウンサー時代から、今年のリオ五輪も含め夏冬合わせて9回の五輪中継に関わって来ました。88年ソウルの競泳・鈴木大地、92年バルセロナの岩崎恭子は衝撃的な金メダルシーンでした。冬は98年長野のスピードスケート清水宏保の金メダルを実況しました。

 一番心に残っているのは「立派に戦い続けた選手を放送席から実況できたこと」です。84年ロサンゼルスの女子マラソンでした。五輪の女子マラソン初開催で、女性の長距離走を五輪に認めさせた、ある種ウーマンリブの大会でした。日本で女子マラソンを切り開いたゴーマン美智子さんが解説者でした。思い入れの強さからか、最初から泣いていましたね。

 そんな画期的なマラソンがスタートしました。午前8時ごろの気温は32度。コースになった高速道路にシャワーを設けていました。優勝したのはベノイト(米国)で、圧倒的に強かった。上位選手がゴールして、そろそろ終わろうかと思ったところで、フラフラで今にも倒れそうな選手が来たのです。彼女が競技場に入って来ると役員が助けようとしました。でも、彼女はその役員を振り切るんです。資料からナンバーを探してスイスのガブリエラ・アンデルセンだと分かりましたが、あとのことは何も分からない。

 その時、私の心は泣いていました。でも思ったのは「島村、泣くな」。ゴーマンさんは完全に泣き崩れていました。もう1つ思ったのは「オーバーなコメントは必要ない」でした。映像が感動を伝えているのだから、余計なコメントはやめようと。

 それでも、あと100メートルにかかった時、ゴールの瞬間は「君にあげよう感動の金メダル」と言おうかと迷いました。結局、「あともう少しです」と言って「入った。ゴールイン」。用意した言葉は捨てました。普通の言葉ですが、私の全身全霊をかけた言葉なんです。

 もう1つ印象的だったのは、バルセロナでの男子陸上400メートル準決勝。高野進の決勝進出がかかったレースでしたが、優勝候補だったレドモンド(イギリス)が負傷しました。

 全員がゴールした後、レドモンドは起き上がって足を引きずりながら歩き始めました。そこでコーチの制止を振り切って近づく人がいて、私はそれがお父さんだとは分からなかったのですが、失格になることは分かった上で、抱きかかえるように二人三脚でゴールしたのです。

 アンデルセンも、レドモンドも、「競技者の在り方ってこうなんだろうな」と教えてくれました。これは人生に通ずるんだなと。そんなことをこの2人から教えてもらいました。

(2016年12月28日東京本社版掲載)

【注】年齢、記録などは本紙掲載時。