【パリ9日(日本時間10日)=阿部健吾】高知から大きな夢をかなえた。女子57キロ級で世界女王の桜井つぐみ(22=育英大助手)が決勝でアナスタシア・ニキタ(モルドバ)を6-0で破り、金メダルを手にした。

高知県出身の金メダリストは1932年ロサンゼルス五輪の競泳男子1500メートル自由形の北村久寿雄以来92年ぶり。父と恩師の支えに感謝した。これで日本勢が今大会で獲得した金メダルは計16個に。04年アテネ大会に並び、海外開催の五輪では最多となった。

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2人の姿をスタンドに探した。勝ち名乗りを受け、小さく喜んだ桜井の顔に、一気に大きな笑顔が広がる。父優史さんと育英大の柳川監督を見つけた。3人で抱き合い、泣いた。歓喜に震えた。「たくさんの人に支えられて、このメダルを取ることができたので幸せです」。歩んできた道に思いをはせた。

パリ出場を決めて故郷の高知に戻ると、「92年ぶり」という数字を知った。期待の高さに「自分も絶対に金メダルを」と誓った。あと1勝。決勝は昨年の世界選手権で退けたニキタとの再戦。粘り強く組み手の攻防を続け、得意の片腕を取り、攻めを封じる。効果的に加点し、6-0で快勝した。南海トラフ巨大地震への不安が広がる地元へ吉報を届け、「自分の姿を力に変え、乗り越えていただけたらうれしい」と願った。

「自分の軸、中心になる動きは高知で全部習ったこと」。かつて「四国にレスリングはない」と言われた不毛の地に、父がクラブを設立したのは3歳の時。1期生として、男子フリースタイル65キロ級代表の清岡らとマット上で過ごした。父は「最初から五輪を目指していたわけではなく、なんとかチームから日本一の選手を出したいなと立ち上げて。娘も『続けてくれたらいいな』という感じで捉えてました。小さい頃は勝てない時期がすごく長かったので」。運動神経は良いとは言えない。毛筆など座ってコツコツ取り組むことが向いていると親も考えていた。

ただ、一度も「やめたい」という言葉はなかった。スタイルと同じ、粘り強かった。少しでも強くなってほしい。四国では相手がいない。父は深夜に車を走らせ全国へ遠征へ出た。「あなたたちは練習が大事だから寝なさい。俺は運転頑張るから」。中学で全国大会3連覇。その頃、優史さんの群馬大の恩師の息子だった柳川監督との絆も生まれた。「つぐみのために環境をつくる」と新設校の育英大に部を作ってくれた。

高2からはほぼ毎週末、深夜バスで東京経由で群馬まで。別の大学に行く清岡と新宿で別れて、1人電車に揺られた。「どこでも寝れたし、結構タフだった」と振り返るが、同年代の選手と競い合える時間は貴重だった。「無駄にしないように集中して」。帰りの車中でノートに課題をメモした。育英大に進学後、監督が徹底させたのは必殺技。両手で相手の片腕をつかむ「ツーオンワン」を磨き、世界の頂点まで駆け上がった。

「本気で目指せば夢はかなえられる」。始まりは日本ののどかな田舎町だった。22歳の新女王は、パリの地で証明してみせた。

○…桜井は金メダル獲得から一夜明けてパリ市内でメダリスト会見に出席した。高知出身として92年ぶりの金メダリストとなり「絶対に優勝するんだと思っていた。応援していただいた期待に応えることができてうれしい。早く高知に帰りたい」と地元愛を爆発させた。優勝のご褒美はシンガー・ソングライターあいみょん(29)のライブだという。「あいみょんが好きで、ライブのチケットを取っているので楽しみです!」と目を輝かせた。

◆桜井つぐみ(さくらい・つぐみ)2001年(平13)9月3日、高知県生まれ。高知南高、育英大を経て、今年4月から育英大助手。父が設立した高知クラブで3歳から競技を開始。大学1年だった20年の全日本選手権を初めて制し、世界選手権では21年は非五輪階級の55キロ級、22、23年は57キロ級を制して3連覇。歌手のあいみょんの大ファンで、金メダルを取って「会えるかな」と夢見る。家族は父優史さん、母美佳さんと妹2人。