パリオリンピック(五輪)で新種目ブレイキンで、世界ランキング1位の半井重幸(Shigekix、22=第一生命保険)が、4位となった。
メダルは獲得できなかったが、スポーツの新しい形を日本中、そして世界中に示した。
トリコロールのキャンバスに描かれた刺激的な色に何度も心を奪われた。
敗れてもなお、完璧なタッチだった。
圧倒的なスキルと底知れない体力を武器に100点の踊りを見せつけるのが半井のスタイル。
五輪の舞台でも遺憾なく発揮された彼のアイデンティティーは、幼い頃から芽を出していた。
「とんでもないやつが出てきた!」。
日本ダンススポーツ連盟(JDSF)ブレイクダンス本部顧問を務めるマシーン原田(原田充啓)は10年以上前、小学校低学年だった半井を初めて大会で見たときに思わず声を上げた。
当時はブレイキンに取り組むこどもは少なかったため、半井は大人に混ざって練習をする日々だった。
20代、30代で集う空間の中で、ひときわ小さい半井だったが、そのダンススキルは群を抜いていた。
特に、こどもならではの柔軟性のあるフリーズは大人でもまねできないもの。
「できすぎておもんないわ」。
ひと回りも、ふた回りも大人たちから、一目おかれる存在だった。
大人顔負けは、身体の動きだけではなかった。
大会で優勝すれば、その優勝コメントはいい意味で年齢不相応な秀逸さ。
年上の選手たちがうまくコメントできない中、ハキハキとした言葉遣いで、将来のビジョンまで明確に言葉で表現した。
周囲からは「大人みたいなこども」と言われることもしばしばあり、彼がすごすぎたおかげで「みんな、あいつを見習え」と口下手なダンサーたちは尻をたたかれていた。
常に世代のトップを走り続けた半井の強さの秘訣(ひけつ)は、的確な自己分析と、常に先を見据える計画性にあると言えるだろう。
五輪での戦いは4位という結果に終わり、惜しくも表彰台には届かなかった半井。しかし彼のスタイルは間違いなく人々の心をとりこにし、日本のダンスシーンに新たな一ページを刻んだ。【原田竣矢】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)




