安倍晋三前首相(66)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。最終回の3回目は、あふれる「アーチェリー愛」を語り尽くす。1日に約8年ぶりに全日本アーチェリー連盟会長に復帰した。成蹊大時代に体育会アーチェリークラブに4年間所属しており、実体験を交えて競技を語ることのできる存在。会長復帰にあたり、OBや現役生からは期待の声も寄せられている。【聞き手=平山連、三須一紀、近藤由美子】

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アーチェリーという競技への魅力を語り始めると、話題が尽きない。前首相である連盟の安倍会長は「狙いを定めて真ん中の10点に当たった時の爽快感は忘れられません」。成蹊大で運動部に入ろうと思って出合ったアーチェリー。そこで得た感動は40年余りたっても、深く印象に残っている。ひと区切りの1エンド、6本全てが10点に入ることを目標に掲げて練習に打ち込んだ。「私の場合はそんなことあまりなかったんですが(笑い)」と話す表情には笑みが絶えない。

大学卒業後は競技自体をすることはほとんどなくなったが、活動で築いた仲間は大きな財産になっている。「(アーチェリーは)練習してないと弓も引けなくなります。競技とは離れましたが、クラブ時代の絆というのは今でもそのまま続いてます」。

今も変わらず、アーチェリーという競技に関心を寄せている。マラソン男子で60年ローマ、64年東京とオリンピック(五輪)を2連覇した「はだしのランナー」、故アベベ・ビキラさんが交通事故で下半身不随となった後、車いすアーチェリーに取り組んだことをテレビで知った。

「金メダルを取るより、(車いすアーチェリー)で目標を達成するというのは、はるかに困難な道のりだったと述べていました」。エチオピアの英雄の新たな一面を知り、64年五輪直後の記憶がよみがえった。

「子供の時、『安倍』だから、しょっちゅう『アベベ、アべべ』って言われたんだよね」。首相時代にアベベさんの母国を訪ねた際、息子と会ったことも思い出してなつかしんだ。

母校やアーチェリーに親しむかつての仲間からも、会長復帰に際し、大きな期待を寄せられている。安倍会長自身も「(アーチェリーは)どちらかというとマイナースポーツといわれて、あまり競技人口というのは大きくないんですが」と国内での現状を受け止める。それでも「試合自体も見るスポーツとしての魅力が増してきていますし、ルール自体も見ている人が面白い、となるような工夫がなされています」。魅力を積極的にアピールすれば、普及につながると自信を持つ。

関係者の期待を一心に背負う中「(来年は)オリンピックイヤーでもあるので、その役割を果たしていきたいなと思っております」。力強い言葉を放ち、職務を全うする覚悟を見せた。(おわり)

◆アーチェリー 競技の起源は16世紀に英国王ヘンリー8世がコンテストを開催したことだという。五輪は1900年パリ大会で正式採用されたが、一時外れて72年ミュンヘンで復活。来夏の東京大会では70メートル先の直径1メートル22センチの標的を狙い得点を競う競技が行われる。中心=10点、そこから外側に向かい9点、8点と点数が小さくなる。1点の外側は0点。男女の個人と、男女、混合の団体を実施。来年3月に代表最終選考会があり、出場予定の男女各5人のうち成績上位各3人が五輪代表に内定する。五輪では過去に山本博がロサンゼルス大会銅、20年後のアテネ大会で銀メダルを獲得。ロンドン大会では古川高晴が銀メダルを獲得し、女子団体は初のメダルとなる銅メダルに輝いた。

◆安倍晋三(あべ・しんぞう)1954年(昭29)9月21日、東京都生まれ。成蹊大法学部政治学科卒業。38歳で衆議院議員初当選。03年に自民党幹事長となり、05年第3次小泉改造内閣で内閣官房長官として初入閣。06年9月に戦後最年少の52歳で第90代首相になったが、翌年に辞任。12年12月に再就任し、任期途中の今年9月末に辞任。第2次政権発足後からの連続在任期間は2822日となり、佐藤栄作元首相(2798日)を抜き歴代1位。第1次政権を含めた通算在任日数も3188日で憲政史上最長。