大洋・高木豊以来、プロ野球で39年間もお蔵入りの記録は?/物語のあるデータ〈3〉
目にした事象から過去をひもといて、線につなげて記事化する。長く野球報道に携る記者にしかできない仕事です。大ベテランが野球好きに送るカルトQ、連載の第3回。
プロ野球
たった1本の送りバントが注目を集めた。巨人の中田翔一塁手(33)が、5月13日の中日戦で記録した犠打がそれだ。日本ハム時代を含めてプロ15年目、通算6245打席目にして初めて決めたものだった。驚かせたバントといえば、大洋(現DeNA)の高木豊を思い出す。もう39年も前、それは予想だにしない局面で仕掛けられた。
★同点の9回2死満塁 初球
野球規則はバントをこう定義する。
「バットをスイングしないで、内野をゆるく転がるように意識的にミートした打球である」
走者を確実に進塁させたいとき、攻撃側がしばしば用いる。ときに、自ら生きようと試みる場合もある。
1983年(昭58)6月5日、横浜での阪神戦は2-2となって9回裏、大洋最後の攻撃へ。マウンドには抑え左腕の山本和行がいた。2死満塁。その初球だった。
高木豊が仕掛けた。プッシュ気味にバットに当てると、打球は遊撃手の真弓明信に向けて転がった。
★驚く関根監督
山本和も、三塁手の掛布雅之も、打球に届かない。この間に三塁走者の石橋貢が生還した。記録は内野安打。想定外のサヨナラ決着に、関根潤三監督も、喜びより驚きの方が先に来た。
「あすこであんなことをやるかねえ。あいつの判断です。何かやるとは思ったが、あれをやるかなあ」
プロ入り3年目、右投げ左打ちの高木豊は、このシーズンから右打ちも始めていた。なのに、ここでは左投手を相手に左打席に入った。「打席に入る前から、ずっと考えていたんです。昨日、福間(納=左腕)さんも打っていないし、右打ちはダメだと思いましたから。あれしかなかった」。
三塁走者をかえし、自らも生きるバント。実行するまでの思いを試合後、こうもらした。シーズンが開幕して約2カ月。先発出場していたものの、まだ二塁の定位置をつかんだとは言えない時期だった。そこに訪れた9回裏2死満塁。自らをアピールするには格好のチャンスといえた。
ただ8回の山本和との対決は、三ゴロに倒れていた。代打が出てもおかしくはなかった。 高木豊にすれば、起用にこたえたいが、右打ちに自信がない。前年の秋、関根監督の勧めもあって始めたばかりだ。
といって、左で左投手を打てるとも思えない。それなら俊足を生かせるバントを、の判断だったのだろう。
★初の3割に貢献
この年、内野安打を20本記録した。うちバント安打が8本あった。同年の盗塁王、松本匡史(巨人=2割9分4厘)の内野安打は33本、バント安打は9本だった。
高木豊は初めて規定打席をクリアして、146安打を放った。打率3割1分4厘は、打撃成績の6位にランクされた。ちなみにバント安打8本がすべて失敗だったとすると、打率は2割9分7厘に落ちる。土壇場で試みたバントは、初の3割にも貢献した。
前年の左右投手別の成績が残る。対左が62打数13安打の2割1分。対右は215打数59安打の2割7分4厘だった。左対左で数字を落とした。
関根監督には分かっていたのだろう。だからこそ2年目、右打ちを勧めていた。
徳島・吉野川市出身。1974年入社。
プロ野球、アマチュア野球と幅広く取材を続けてきた。シーズンオフには、だじゃれを駆使しながら意外なデータやエピソードを紹介する連載「ヨネちゃんのおシャレ野球学」を執筆。
春夏甲子園ではコラム「ヨネタニーズ・ファイル」を担当した。
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