【特別編集委員コラム】記者席で気付いた 松井秀喜「14センチの秘策」/連載14
「取材」というと、話を聞く…インタビューを思い浮かべます。確かに証言を得る作業は重要です。しかし、同時に「観察する」ことも欠かせません。スポーツ取材においては「観察」は命綱と言ってもいいでしょう。私は決して観察眼に優れた記者ではなく、失敗談を披露すればキリがありません。珍しく「観察」によって書けた記事を紹介します。2003年(平15)6月5日、米国シンシナティのできごとです。
MLB
◆飯島智則(いいじま・とものり)1969年(昭44)生まれ。横浜出身。93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。
打席に入ったとき…違和感
★米国時間2003年6月5日(日本時間同6日)オハイオ州シンシナティ=グレートアメリカンボールパーク
ヤンキース松井秀喜選手(当時28)が打席に入ったとき、記者席にいた私は違和感を覚えました。
「いつもと違う…ような気がする」
打席の足場を丁寧に固めてから、バットを上げていく。そのルーティンは変わりませんが、どこか変わったように見えたのです。
初球、外角低めの速球がボールになります。
この頃…メジャー1年目の松井は、外角を中心に攻められていました。外へ逃げていくツーシームをとらえきれず、内野ゴロになってしまいます。ニューヨーク・タイムズに「ゴロキング(Ground Ball King)」と酷評された直後でした。
確かに、まるで打球が上がりませんでした。開幕から57試合で内野ゴロが100本と、巨人でプレーした前年140試合での99本を超えていました。
2球目、同じように外角低めにきた速球を打って、ショートゴロになりました。このとき違和感の正体に気付きました。松井が、いつもよりホームベースに近づいて立っていると。次の打席で、しっかり確認しようと思いました。
第2打席。1球目、内角低めのボール球が、体に当たりそうになります。間違いない。いつもよりベースに近づいていると確信しました。2、3球目もボールになり、カウント3ボール。次の球は見逃すだろう。そう思ったとき、松井は真ん中高めの速球をとらえました。打球はセンターのフェンスを越え、レストランがあるクラブ席のスモークガラスに当たりました。
実に26試合、119打席ぶりのホームランでした。
「休養も1つの方法」
この前日、米国時間6月4日の試合後、私はヤンキースが宿泊するホテルにいました。夕食のため外出していた松井が戻るのを待っていたのです。
この日の松井は4打数1安打2三振で、チームも敗れていました。いつものように日本メディアの取材に応じると、足早に球場を去りました。
その後、ヤンキース監督のジョー・トーリが取材に応じ、松井が首と腰の痛みを訴えていることを明かしました。
「ヒデキから『痛い』という言葉を聞いたのは初めてだ。確かに打撃のコンディションがよくない。休養も1つの方法。ただ、守備面で外せないので打順を下げるかもしれない。明日までじっくり考える」
この時点で松井は、日本時代から1308試合連続で出場しており、休養となれば記録が途切れます。だが、それより私が気になったのは「監督に痛みを訴えた」という点でした。
それは、松井が「スタメンを外してくれ」と直訴したのも同じではないのか? 結果が出ず、気力がなえたのではないか? この頃の松井は、私にそう思わせるだけの状況にありました。
当時の松井のコメントを振り返ってみましょう。
「迷いながら打ってしまった」(5月30日)
「こちらでホームランを打つのは、ボクにはまだ難しいということです」(同31日)
「迷いはないけど、なかなかうまくいかないんだよ。狙い球は絞っているし、準備段階はいいと思う。バッティング技術の問題なんでしょう。対応能力が低いだけ」(6月1日)
「同じ失敗を繰り返している。外角に逃げていくボールをとらえられないと、率も成績自体も上がっていけない。対応しなければならない」(同3日)
さらにサミー・ソーサのバットからコルクが見つかったことに、松井は「コルクを入れたいのはオレの方だよ」と言いました。もちろん冗談ですが、笑えなかったことを覚えています。
電話では米国にきた意味がない
私は試合後、自分が宿泊するホテルに戻ってパソコンを立ち上げましたが、松井の心情が気になって記事が進みませんでした。
電話をしよう。そう思って携帯電話を手にしました。しかし、電話はかけませんでした。彼の顔を見ながら話したいと思ったからです。松井にとって大きな転機です。ここで顔を合わせずに話すのなら、はるばるアメリカまで取材にきた意味がないと思いました。
時計を見ると午後11時半になろうとしていました。そろそろ食事を終える頃かもしれない。私は部屋を出てタクシーに乗り込み、つたない英語でヤンキースが泊まる高級ホテルの名を告げました。
ダウンタウンの真ん中にあるホテルは、1階と2階の両方に出入り口がありました。どちらから戻るか分からず、私はエスカレーターで上がったり、下がったりしていました。
しばらくすると、松井が戻ってきました。広岡勲広報、ロヘリオ・カーロン通訳と3人でした。
「あれ、飯島さん、どうしたの?」
私を見つけた松井は、いつものように穏やかな笑顔を浮かべて近づいてきました。明るい表情を見て、雑談を振りました。
「食事してきたの? 何を食べた?」
「和食店があってね。おいしかった。シンシナティで、こんなに、おいしい和食を食べられるとは思わなかったよ」
ロビーを歩きながら、そんな会話をしました。
エレベーターに乗る直前、首と腰の痛みについて聞くと、松井はやはり穏やかな口調で答えました。
「うん、プレーできないほどではないよ。試合が続けば、誰だって痛いところがあるでしょう」
「自分から休養を申し入れるつもりはない?」
「メンバーや打順は監督が決めることだからね。それに従って全力でやるだけだよ」
エレベーターのドアが閉まる前、松井は「心配してくれてありがとうね。明日は打って、みんながたくさん記事を書けるようにしたいね」と言いました。
エレベーターを見送ると、私はロビーで松井のコメントをメモしていました。大した話を聞けたわけではありませんが、顔を見て話せたことに満足していました。
しばらくすると、広岡広報が戻ってきました。スポーツ報知の記者だった広岡は、松井に請われ、会社を辞めてヤンキースの広報に転身していました。私にとっては、同じ現場で取材したこともある業界の先輩でもありました。
ロビーのソファに座り、しばらく雑談をしました。ホテルのバーは営業していましたが、酒を飲みながら話す気にはなれませんでした。
30分間ほど話して、私は「そろそろ帰ります。原稿も書かなければならないので」と言いました。広岡広報はホテルの外まで見送ってくれ、タクシーのドアが閉まる直前に「すべては明日の試合前だね」と言いました。トーリ監督と松井が、今後について話し合うという意味でした。
私は、ホテルに戻って記事を書きました。
日本時間6月6日付の1面。「松井休養も」という大きな見出しが躍っています。
それを補うように「首 腰痛い」「5戦3安打7三振…メジャー58試合連続出場でボロボロ」「試合前会談で決定 強行なら6、7番」といった小さな見出しがついています。
「打撃のアプローチは同じだよ」
松井は、119打席ぶりのホームランで目を覚ましました。続く第3打席はライトへの二塁打、第4打席は左中間へ二塁打。最終の第5打席は右中間へ二塁打を放ちました。5打数4安打3打点の大活躍でした。
試合後のインタビューを終えると、私は1人で松井に近寄りました。当時は取材の混乱を避けるため、クラブハウス内での単独取材は禁止されていました。時間はありません。単刀直入に聞きました。
「今日、いつもよりホームベースに近づいて立っていたよね?」
「えっ、なんでそう思ったの?」
松井はよく、この質問返しをしてきました。質問の意図を確認するのが常でした。
「今日はホームベースの真後ろのいい席が取れて、バッチリ見えた。リプレー映像でも確認したけど、間違いないと思っている」
松井は笑顔で答えました。
「そんなに変わらないよ。大して変わらない。打撃のアプローチは同じだよ」
そう言ってクラブハウスに入っていきました。同意と受け止めていい言葉でした。
その後、トーリ監督を直撃すると「ベースに近づくよう、私がアドバイスをしたんだ」と証言しました。トーリ監督が試合前に松井を呼んだのは、このアドバイスをするためだったのです。
「外角攻めは変わらないぞ。アプローチを変えたくないのは分かるが、向かっていく気持ちにもなるのではないか。実はオレも現役時代、スランプの時にそういうことをした経験があるんだ」
打順を2番から7番に変えることを告げた後、そんなアドバイスを送ったそうです。
私はこの日も1面記事を書きました。「松井 開眼4号」の見出し。記事の書き出しは次の通りでした。
近づいた距離は、何度もリプレー映像を確認して書きました。
訂正から始まる連載
それから1カ月が過ぎた頃、松井と食事を共にしました。場所はフロリダ州タンパだったと記憶しています。屋外のテラスでランチを食べながら、雑談をしていると、いつしかシンシナティの話題になりました。
松井が笑いながら言いました。
「ベースに近づいたって、よく分かったよね」
「あの日は運がよかった。席が良かったんだよ」
「でもね、『わずか数ミリ』ではないよ」
「えっ?」
「実はね、半足分ぐらいは前(ホームベース寄り)に出たと思うよ。半足というのはバッティングをする上で、結構な距離だよね。それを少しずつではなく、一気に近づいたんだ」
「半足というと、足のサイズが28センチだから…14センチ?」
「もちろん測ったわけじゃないけど、自分の意識はそれぐらいだね」
「よく受け入れたね。どれだけ苦しんでも、シーズン中にはバッティングを変えないと思っていた」
「あの日の試合前、トーリ監督が最初に言ってくれたんだよ。『実際、あんまり打っていないけど、それ以外の部分では十分にチームに貢献してくれている』と。なおかつ『スタメンから外すことはできない』とね。バーニー(ウィリアムズ)が故障でいなかったから、守備面のことだろうね。そういう言い方だったから、打順が下がるからどうこうというより、逆にすごい安心感をもらえたよね」
私はシンシナティの2日間について取材し直し、ヤンキースがアメリカンリーグ東地区の優勝を決めた日から連載記事として掲載しました。松井のメジャー1年目を語る上で、これほど濃密な時間はないと思ったからです。
題名は「メジャー記念日 ―2003年6月5日」。記事は、次のような書き出しから始まります。
最初に訂正しておかなければならない。本紙は、松井の4号2ランを報じる日本時間6月7日付の紙面で「ほんの数ミリベースに近づいて打った」と書いている。だが、あらためて聞くと、松井は笑いながら否定した。
「実はね、半足分ぐらいは前(ホームベース寄り)に出たと思うよ。半足というのはバッティングをする上で、結構な距離だよね。それを少しずつではなく、一気に近づいたんだ」
訂正から始まる連載記事というのも、珍しいでしょう。今年の6月5日で、あれからちょうど20年がたちました。今なお、忘れられない出来事です。
コラム「手帳の余白」
日刊スポーツに「特別編集委員室」が立ち上がりました。取材経験が豊富、かつ表現力が豊かなライター集団。「日刊スポーツ・プレミアム」を中心に、健筆を振るいます。飯島智則編集委員は、コラム「飯島智則 手帳の余白」を随時掲載。どうぞお楽しみ下さい。

1969年(昭44)生まれ。横浜出身。
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