金足農ナインに救われた…31年前の失敗写真/10日~長期連載「金足農、旋風再び」
金足農(秋田)が夏の甲子園100回大会を沸かせた2018年(平30)から6年が過ぎました。翌年以降、秋田県内でも上位に進出できない年が続き、いじめ問題による処分も受けました。しかし、吉田輝星投手(オリックス)の弟、大輝(新2年)を軸として昨秋の秋田大会を制するなど、「旋風再び」の予感が漂います。日刊スポーツ・プレミアムでは、4月10日から長期連載「金足農、旋風再び」が始まります。担当する特別編集委員の飯島智則(54)にとって、金足農は記者として初めて取材した高校野球チームでした。
高校野球
28年ぶりの再会
秋田市街から国道7号線で北へ向かい、レンタカーを走らせた。昨年10月のことだった。
15キロほど先にある追分駅を通り過ぎてから右折し、踏み切りを超えれば、金足農業高校の校舎が見えてくる。
記者になったばかりの20代の頃、よく通った道だった。
学校の敷地内にある野球部の石碑は、当時より1つ増えていた。1984年(昭59)の春夏連続甲子園出場を記念した「栄光燦然」の横に、2018年の準優勝をたたえる碑があった。当時の選手たちが胸を反らせて校歌をうたう姿の写真が掲げられ、その下に「雑草軍団」と書かれている。
校内の駐車場に車を止め、グラウンドへ向かって歩いていると、声をかけられた。
「あれ、飯島さん?」
佐藤慶和コーチだった。私が金足農を取材していた頃の主力選手で、甲子園でベスト8に進出した1995年(平7)の1番打者。大会直前にエースが肘を痛めてしまったため、背番号3の主戦投手としても活躍した。
18歳だった彼は46歳に、26歳だった私は54歳になっていた。
「久しぶり。28年ぶりかな?」
「卒業後も電話では話しましたよね」
佐藤コーチ…当時の呼び方でいえば「よしかず」は、顔にシワこそ出ていたが、甘いマスクとさわやかな笑顔は高校時代のままだった。
ただ、あのころと同じグラウンドを、今は彼の息子、慶治(新3年)が元気に走り回っている。時間の流れを感じた。
「何か、やりましょうか?」
金足農は、私が初めて取材した高校野球チームだった。
新人記者だった1993年(平5)の手帳を見ると、6月30日に「3:30 金足農」と、汚い文字で書いてある。
4月に入社してから、先輩に引率されて関東大会、東北大会などの現場を経験していたが、1人で取材に行くのは初めてだった。
支局のある青森から車で約200キロ、当時はカーナビもついていなかったので、時々止まって地図を確認しながら金足農を目指した。
緊張感を今も覚えている。1人の車内で、運転をしながら想定した質問を口に出して確認し、この答えなら次の質問はこれ、逆の答えなら質問を変えて…などと、詰め将棋のような作業を延々と繰り返していた。
金足農の練習を見て、さらに緊張感が高まった。当時の嶋崎久美監督は速射砲ノックが持ち味で、間髪入れずに次々とボールを打っていく。打つ方も守る方も、一瞬たりとも気が抜けない「真剣勝負」だと、初めて見る者にも分かった。
ミスが出ると、グラウンドに正座をして声を出すなど独特のペナルティーもあり、練習を見ているうちに、私も失敗が許されないような気がしてきた。
練習が終わり、嶋崎監督が「あとは自由に取材してください」と言って引き上げていくと、私の出番になった。
ところが、選手が一斉にこちらを向いた瞬間、車の中で準備しておいた言葉はどこかに飛び、固まってしまった。黙ったままでいると、選手たちがゾロゾロと私のところに集まってきた。
「写真撮るんっすか?」
「どんなポーズがいいですかね?」
「オレのコメントも載せてくださいよ~」
元気というのか、人懐こいというのか…とにかく、練習中の緊迫感からは想像もつかないムードの選手たちだった。
3列に並んでもらい、集合写真を撮った。本来なら笑顔やガッツポーズなどをリクエストした方がいいのだが、ここでも言葉がうまく出てこず、黙ったままでシャッターを押し続けていた。
すると、誰かが言った。
「何か、やりましょうか?」
「オーッとか、やろうぜ」
「よし、それでいこう」
「せーのっ!」
この時に撮った写真が、7月9日付の東北版に載っている。
明らかな失敗写真である。脚立などを用いて高い位置から撮るべきショットで、同じ高さから撮影したのでは前列にいる数人の顔しか分からない。
この中には、2018年(平30)に甲子園で準優勝したエース吉田輝星投手(現オリックス)の父・正樹さんや、1番セカンドで活躍した菅原天空選手の父・天城さんがいるはずなのだが…
ただ、私にとっては忘れられない、大切な写真である。右も左も分からぬ新人記者が、彼らの明るさに救われたことは間違いなかった。
「未来創造プロジェクト」
あれから31年。
再び金足農を追いかけようと決めたのは、逆風から復活する姿を描きたいと思ったからだ。
準優勝のフィーバーに沸いた後、秋田県内でも上位に進出できない年が続き、2022年(令4)には部内のいじめ問題が表面化し、対外試合禁止の処分も受けた。
旋風の分だけ、逆風も強く吹いた。
しかし、そこから部内改革「未来創造プロジェクト」に取り組み、企業コンサルタントを招致して、伝統を含めたすべてを見直す作業に着手した。
野球部の理念は? ビジョンは? 戦略は? そもそも何のために高校野球をやるのか? 中泉一豊監督を中心に、徹底して改革に取り組んできた。
その成果は出始めている。雑草軍団が再び芽吹き、花を咲かせる日も遠くないだろう。
彼らが劣勢を跳ね飛ばす姿を…勝った姿ではなく、勝つまでの姿を追いかけていきたい。そう思って連載「金足農、旋風再び」を始めることにした。
きっと、あの頃より少しはマシな記事を届けられるだろう。
◆飯島智則(いいじま・とものり)1969年(昭44)生まれ。横浜出身。93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。
コラム「手帳の余白」
日刊スポーツに「特別編集委員室」が立ち上がりました。取材経験が豊富、かつ表現力が豊かなライター集団。「日刊スポーツ・プレミアム」を中心に、健筆を振るいます。飯島智則編集委員は、コラム「飯島智則 手帳の余白」を随時掲載。どうぞお楽しみ下さい。
1969年(昭44)生まれ。横浜出身。
93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。
日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。
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