有名人の力、スター選手の条件とは? 来オフ選手会の新イベント案も/連載20

有名人には「力」があります。誰もが憧れるスターの言動は、多くの人々、社会に多大な影響を及ぼします。その力を有効に使えば、社会の雰囲気を変えることさえできます。日本プロ野球選手会は近年、防災の意識を広める活動に積極的に取り組んでいます。プロ野球選手が持つ力を、社会のために使ってほしいと願います。

その他野球

社会に与える影響

「野球は準備が大切で、仲間と協力しあうスポーツです。防災や災害時の対応も同じだと思います」

日本プロ野球選手会・森忠仁事務局長が、9月28日に都内で開催された防災啓発イベント「たすかる一歩プロジェクト」のシンポジウムで言いました。

選手会の森事務局長

選手会の森事務局長

確かにそうですね。野球選手はグラウンドが仕事場ですが、プロとして社会全体に与える影響力を考えると、プレーだけが仕事ではありません。有名人が持つ力を、いかに使うかは重要です。

秀でたパフォーマンスで結果を出し、なおかつ社会への影響、貢献を考えて行動している選手を「スター」と呼ぶのだと私は考えています。

防災意識を啓もう

さて、選手会は近年、防災に関する活動に力を入れています。今回のシンポジウムのその一環です。

例えば、各地でキャッチボールの普及活動を行う際、同時に防災イベントを実施しています。子どもたちに野球を楽しんでもらった後、防災グッズを使ったり、非常食を試してもらっているのです。

また、選手のサイン入りグッズが当たる抽選会を行うなど、楽しみながら防災について学んでもらう。そんな活動をしています。

プロ野球の選手たちは、災害が起きた際に率先して支援活動を行ってきました。2011年の東日本大震災、2014年の広島土砂災害、2016年の熊本地震、2018年の西日本豪雨など…多くの災害時に、寄付や募金活動を行い、現地を訪れて支援活動や被災者を励ますなどもしています。

2011年4月8日、東日本大震災の後、東松島市立大曲小学校を訪れ、野球少年にメッセージボードを渡した楽天嶋(左)と田中将

2011年4月8日、東日本大震災の後、東松島市立大曲小学校を訪れ、野球少年にメッセージボードを渡した楽天嶋(左)と田中将

「それを一歩進めていきたいんです。災害が起きた際の活動だけでなく、平時から防災の意識が大切だとメッセージを発信していきたいのです」

森事務局長はそう言いました。

2020年から、公益社団法人シビックフォース(Civic Force)と連携して、選手会ファンド(日本プロ野球選手会災害支援基金)を設立し、クラウドファンディングを実施して非常時に備えています。平時から基金をつくっておくことで、災害が起きた際は迅速に支援できるというわけです。

シビックフォースの根木佳織代表理事・事務局長が、シンポジウムの中でプロ野球選手への期待を話していました。

「プロ野球選手たちは影響力がありますから、選手たちが防災の意識を話せば、子どもたちが影響を受け、その子どもが家庭で家族に伝え、それが地域に伝わっていく。そうやって輪を広げていければと思います。機会があれば、選手たちに直接、防災を呼びかけてほしいですね」

近年はコロナ禍で、選手が一同に集うイベントは開催できていません。今オフも難しい状況ですが、来年以降のオフ、多くの選手たちが集まり、防災イベントを開催するという案も出ています。ぜひ、実現してほしいものです。

2008年7月16日、西日本豪雨のため募金活動をするソフトバンク工藤監督(右)と西武菊池

2008年7月16日、西日本豪雨のため募金活動をするソフトバンク工藤監督(右)と西武菊池

今回の防災イベントでは、移動型独立電源「エヌキューブ」というコンテナの紹介もありました。

太陽光などの再生可能エネルギーを使って電力供給できるもので、災害が起きた際はトラックなどで被災地に持っていけます。エアコンがついて室内の温度調節も可能で、スマホなどの充電もできます。循環式水洗のトイレを設置することもできるそうです。

2019年の台風15号では千葉でエヌキューブを使っており、開発したNTN株式会社の梅本秀樹・自然エネルギー商品事業部長は「電気のあるところに人が集まり、安否確認、情報交換の場にもなりました」と言います。

プロ野球選手が参加するイベントで、こうした災害対応を学ぶ機会も貴重でしょう。

移動型独立電源「エヌキューブ」

移動型独立電源「エヌキューブ」

社会貢献に注視

選手会には2つの顔があります。

1つは「労組日本プロ野球選手会(會澤翼会長=広島)」で、選手の労働組合です。最低年俸やフリーエージェント(FA)権、オフシーズンの明確化など、選手の労働条件などを日本野球機構(NPB)と交渉します。

2004年の球界再編騒動の際に12球団の維持を求めて活動したのは、こちらの顔です。

昨オフに導入された「現役ドラフト」も、労組の選手会が提案して実現に至りました。これによって阪神大竹、中日細川らが移籍し、新天地で活躍したのは記憶に新しいところです。

もう1つ、「一般社団法人日本プロ野球選手会(丸佳浩理事長=巨人)」で、こちらは野球全体の発展や社会活動を目的として活動しています。防災イベントなどは、こちらの顔で実施しているわけです。

もっと簡単に言えば、労組は「プレーに関わる内容」、社団法人は「社会に関わる内容」と分けてもいいでしょう。この両立が、選手にとって大切なわけです。

もちろん我々スポーツメディアも両面の報道が必要です。日ごろはプレーに関わる…ペナントレースを主に報道します。同時に今回のような活動も報じ、社会に貢献できる報道も大切です。

私はプロ野球担当時代、よく選手会を取材しましたが、労組としての活動ばかりを追いかけていました。球界再編でのストライキ、FAなどの制度改革など、選手会の面々と熱っぽく議論もしたものです。

2004年9月19日、選手会主催のファンイベントでストをわび、頭を下げる古田敦也会長

2004年9月19日、選手会主催のファンイベントでストをわび、頭を下げる古田敦也会長

しかし、取材現場に戻った54歳の今、むしろ社団法人として、社会に貢献する活動に目が向きます。

プロ野球選手という、子どもたちや多くの人が憧れる存在ならではの力を使って、社会に貢献してほしいと、そう思います。

そうした活動を取材して報じることが、年取った記者にとって野球界や社会への恩返しではないか。そんなことを考えながら、この記事を書きました。

◆飯島智則(いいじま・とものり)1969年(昭44)生まれ。横浜出身。93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。

編集委員

飯島智則Tomonori iijima

Kanagawa

1969年(昭44)生まれ。横浜出身。
93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。
日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。