【日本ハム福谷浩司】「先生」の人柄にじむ超ロングインタビュー noteについても

昨オフに中日からFA移籍した日本ハム福谷浩司投手(34)のロングインタビューです。新天地で新たに取り組んだことやコーチからの助言を生かして成長した部分やインターネットの投稿プラットフォーム「note(ノート)」を執筆する理由、そして6月3日から始まる交流戦へ向けた意気込みに加えて中日時代の恩師である浅尾拓也投手コーチ(40)への思いなど、たっぷりと語ってもらいました。

プロ野球

◆福谷浩司(ふくたに・こうじ)1991年(平3)1月9日生まれ、愛知・知多市出身。横須賀ではエースで4番。AO入試で慶大に進学し、東京6大学リーグでは1年秋にデビュー。3年春に最優秀防御率を獲得した。12年ドラフト1位で中日入団。14年はセットアッパーでリーグ最多の72試合登板。19年から先発もこなし、20年は自己最多の8勝。24年オフに日本ハムへFA移籍。今季推定年俸2000万円。183センチ、93キロ。右投げ右打ち。

インタビューで笑顔を見せる(撮影・黒川智章)

インタビューで笑顔を見せる(撮影・黒川智章)

昨オフ中日からFA移籍「一通りは慣れた」

―シーズン開幕から約2カ月が経過。チームの雰囲気とか含めて慣れてきましたか

一通りは慣れた、ですかね。どの球場も行きましたし、各チームに投げられましたし。

その結果うんぬんとか、いろんな立場でいろんな役割をっていうのは、逆に慣れるというか安定するものじゃないんで、それ以外の生活の部分とかはだいぶ慣れてきたかなと思います。

―生活面では

家族は名古屋に置いてきているのですが、単身生活にはちょっと慣れてきたかなと。

投げながらの雄たけびは、本人もびっくりだという

投げながらの雄たけびは、本人もびっくりだという

ボスも郡司も本人もビックリ雄叫び「新しい自分」

―日本ハム入団会見の時に、FA移籍の決め手は「理解できなかったところ」と話していましたが、その理解の部分は徐々にできている感じですか

そうですね。そのファイターズの、というよりは、自分がこれからどう成長して、進化してっていうところが、自分が見えてない部分のイメージをファイターズの皆さんが持っている感じがしたので(入団の決め手となった)。ここでどっぷりつかって、もまれて、時には苦しい思いもしながら、歯を食いしばっていれば、昨年までじゃ感じられない自分の成長とか、投球スタイルとか、選手としてのイメージが見えるのかもなっていうのはあって、ここまで過ごしてきていて。

ほのかにイメージついた瞬間もありますし、なんなら投げていて声が出てしまうとか。そういうところは、自分が出そうと、気合で行こうっていったわけじゃなく、勝手に出てしまうと。

そういったメンタリティーの部分を含めて、郡司にも「ドラゴンズの時には見たことないです」っていう風に言われたぐらい、ここ何年も出てなかった何かが出てきている。そして、それが前に戻ったというよりは、30代を越えて新しい自分に向かっている感じあるので。

まだまだ、それが完成ですって言って、堂々と投げられているわけではまだないですけれど、そういった、もがいている姿も含めて見ていただければと思います。

―5月7日のオリックス戦での雄たけびは新庄監督もインスタで取り上げていた

そうですね。あの時のオリックス戦とか、特にそうですね、あの試合もそうなんですけど、その前の僕はエスコンで投げた(5月3日の)西武戦で声が出てしまったんですけれども。最後、滝沢くんから見逃し三振を取って。あの時がすごい自分でもびっくり。

20年8月11日、中日時代、広島戦に先発し好投

20年8月11日、中日時代、広島戦に先発し好投

誠也から「三振取れるかも」19、20年当時の感覚

―あまり中日時代は声を出していなかった

いや、あったはあったんですけどね。2019、2020ぐらいで、そういったシーンが自分の中にあったかなぐらいでしたけど…うん、またちょっと違う感じ。

投げて結果が出たから「よし、抑えた」っていうのではなくて、もうここで「これ、三振決まった!」って投げる前からちょっとイメージできてしまったっていうところで、その通りになって。なんか投げる前から、ずっと声が出続けたようなあの感じは僕自身、そんな経験したことなかった。

―もう投げる前から声が出ちゃっているようなイメージ

イメージというか、たぶん出ていました。投げる前から。

―2019、2020年あたりだと先発をやっていた

先発1年目、2年目ぐらいで。その時は、何回かあったんですよね。「あ、ちょっとこのまま三振取れそうだな」みたいな。特にすごいバッターに。

当時だったら、カープに鈴木誠也はいたんですけど、ピンチで鈴木誠也が相手で、2ストライクを取って「これ、ここに投げたら三振を取れるかも」みたいな急にワクワクし始めちゃって。その時にバッて投げた、あの感じに近いかなと。その通りに、ほんとに三振になって、みたいな。

―今、そのイメージが再びできているというのが新しい発見の1つですか

その感覚自体は「思い出した」に近いんですけれど。

でも、ここ数年、そういうのを味わえてなかったし、リリーフっていうのがすごい久しぶりで。6年ぶり、7年ぶりなので。ちゃんとしたサヨナラの場面で(マウンドに上がって)投げたりとか。ロングじゃないのは初めてなので。

そういった意味で、そこに自分が今、この年からもっともっと対応していこうとするというか。若返るというよりは…うん、そうですね、新しいスタイルをつくっているイメージもありますけれど。

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1983年生まれ。岐阜・多治見出身。05年に北海道日刊スポーツ新聞社へ入社。総務部を経て11年1月から日本ハム担当。21年4月から東京勤務で遊軍。23年12月に北海道へ帰任し、再び日本ハム担当。
幼少期から中日ファン。人生初の野球観戦はナゴヤ球場の右翼外野席最前列。初めて買ってもらったメガホンを、目の前のフェンスにたたきつけながら応援して壊してしまった記憶がある。三塁側内野席で観戦した時は、外野席のように声を張り上げて応援していると「よく頑張っているね」と初見のおばさんからみかんを頂いたのも、いい思い出。あの時に憧れたカクテル光線に照らされた非日常空間が職場となっているのは、今でも不思議な感覚。