【日本ハム山県秀の年賀状】謹んで新春のお慶びを申し上げます。書き切れない思いお届け

道民の孫「がたしゅー」こと日本ハム山県秀内野手(23)がファンへ手書きの年賀状を届けました。今年の干支(えと)であるウマのイラストをシックに描いた唯一無二の1枚。ルーキーイヤーから攻守でインパクトを残し、年男で迎える2年目の今季はレギュラー奪取へ―。最後まで丁寧に仕上げた年賀状に書き切れなかった思いをメッセージとして寄せました。

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◆山県秀(やまがた・しゅう)2002年(平14)5月1日、新潟・三条市生まれ、東京・国分寺市出身。4歳から野球を始め、東京・国分寺第二中時代は稲城シニアでブレー。早大学院では1年秋からレギュラー。甲子園出場はなし。早大では2年秋からレギュラー。4年春にベストナイン。24年ドラフト5位で日本ハム入団。4月15日ロッテ戦(ZOZOマリン)で公式戦初出場。1年目は84試合、43安打、打率2割3分2厘、3本塁打、11打点、3盗塁。176センチ、80キロ。右投げ右打ち。


年賀状を書く日本ハム山県(撮影・黒川智章)

年賀状を書く日本ハム山県(撮影・黒川智章)

■今年の自分がしなきゃいけないのは


あけましておめでとうございます。昨年は「道民の孫」としてファンの方々にかわいがっていただき、ありがとうございました。たくさん「応援してます」と声をかけていただき、うれしかったです。2年目となる今年は、自分の中にある目標から逆算していくと、レギュラーを取らなきゃいけない1年です。

ファイターズに入団した時に立てた目標が「3年目でファイターズが優勝する時の中心選手になる」ことでした。昨年はいろんなことを経験する1年で、2年目の今年は中心選手となる最終準備の1年。そこで今年の自分がしなきゃいけないのは、チームから信頼を勝ち取ること。だからレギュラーを取らないといけません。


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1983年生まれ。岐阜・多治見出身。05年に北海道日刊スポーツ新聞社へ入社。総務部を経て11年1月から日本ハム担当。21年4月から東京勤務で遊軍。23年12月に北海道へ帰任し、再び日本ハム担当。
幼少期から中日ファン。人生初の野球観戦はナゴヤ球場の右翼外野席最前列。初めて買ってもらったメガホンを、目の前のフェンスにたたきつけながら応援して壊してしまった記憶がある。三塁側内野席で観戦した時は、外野席のように声を張り上げて応援していると「よく頑張っているね」と初見のおばさんからみかんを頂いたのも、いい思い出。あの時に憧れたカクテル光線に照らされた非日常空間が職場となっているのは、今でも不思議な感覚。