【かなだいを支えた人たち〈3〉】長光歌子コーチ「あの時、大輔を…」抜けた心のとげ

フィギュアスケートのアイスダンスで日本勢最高タイとなる世界選手権11位と躍進した村元哉中(30)高橋大輔(37)組が5月1日、競技生活からの引退を表明しました。

一夜明けた2日には記者会見で思いを語り、今後はプロスケーターとなり「かなだい」としての活動も継続する意向を示しました。

日刊スポーツ・プレミアムでは「かなだいを支えた人たち」と題し、週に1度のペースで周囲の思いを取り上げています。

第3回は高橋のシングル時代の師、長光歌子コーチ(72)の言葉をお届けします。

フィギュア

4月世界国別対抗、高橋から依頼を受けリンクサイドで見守った長光コーチ。公式練習のフリーダンス演技で思わず涙

4月世界国別対抗、高橋から依頼を受けリンクサイドで見守った長光コーチ。公式練習のフリーダンス演技で思わず涙

「まだまだ彼のスケートを見たい」9年前の判断

9年も前から、心の奥底に引っかかったものが取れずにいた。

2014年、ソチ五輪の直前。長光コーチは高橋とともにロシアの首都、モスクワにいた。

1月下旬から日本を離れ、静かに準備を進めていた。ソチ入り後、高橋は公の場で「体の調子はいい」と言ったが、実際の状態を長光コーチは分かっていた。

「モスクワで膝が腫れてしまい、治りも悪かった。私の心配は『もし、大輔がスケートをできなくなったら…』というものでした」

ソチ五輪を6位入賞で終え、3月には、さいたまスーパーアリーナで開かれる世界選手権が控えていた。

長光コーチは、腹をくくっていた。

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大学までラグビー部に所属。2013年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社。
プロ野球の阪神を2シーズン担当し、2015年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当。
2018年平昌冬季五輪(フィギュアスケートとショートトラック)、19年ラグビーW杯日本大会、21年東京五輪(マラソンなど札幌開催競技)を取材。
21年11月に東京本社へ異動し、フィギュアスケート、ラグビー、卓球などを担当。22年北京冬季五輪もフィギュアスケートやショートトラックを取材。
大学時代と変わらず身長は185センチ、体重は90キロ台後半を維持。体形は激変したが、体脂肪率は計らないスタンス。