【安藤美姫〈中〉】向き合い続けた恩師モロゾフの姿 いま指導者として大切にするもの

日刊スポーツ・プレミアムでは毎週月曜に「氷現者」と題し、フィギュアスケートに関わる人物のルーツや思いに迫っています。

シリーズ第24弾は、指導者としての道を本格的に歩み始めた安藤美姫(36)のいまを追います。今季途中からジュニア男子の田内誠悟(15=富士FC)のメインコーチに就任。その指導方法の根幹を築いたのは、選手時代に苦楽をともにしたニコライ・モロゾフの教えでした。3回連載の第2回は、生徒に向き合う姿を見つめました。(敬称略)

フィギュア

全日本選手権男子SPの演技の前に田内誠悟(右)とタッチをかわす安藤コーチ(2023年12月21日撮影)

全日本選手権男子SPの演技の前に田内誠悟(右)とタッチをかわす安藤コーチ(2023年12月21日撮影)

安藤は駆けだしていった。

迷える教え子を探して、救ってあげたかった。

中京大にある練習場を飛び出すと、先に外に出た田内を見つけるために、走りだしていった。

どんな時も寄り添う

1月のある日の練習だった。その前日から、ジャンプがうまく決まらない不振に悩まされていた教え子が、暗く沈み、殻に閉じこもっていくのは感じていた。

「今日は自主練にさせて下さい」

そのお願いにうなずき、リンクサイドで1人奮闘する姿を見守った。どこまで踏み込み、どこまで許容するのか。その線引きを、コーチと選手となってまだ3カ月で判断するのは早計だった。

田内誠悟

田内誠悟

練習が終わり、少しの会話。

以前にも同じような出来事はあった。

「毎日、全然ダメな練習ばかりをしてしまって、ごめんなさい」

そう謝られる。

望んでコーチになってもらった。安藤が「スケートの先生になりたい」と思ってスケートを始めたことも知っている。ずっと見る生徒の第1号が自分-。

その責任感が、田内自身への刃となっている姿を何度か見てきた。

「大丈夫だよ。私は誠悟の先生になれて、すごく幸せだよ」

その度に、そんな風にほほ笑みかけた。

そうして、少しずつ互いの理解、信頼を深めていく。この日の練習でも「できない」という事実に苦しむ姿を包み込もうとしていた。

帰り支度をする教え子に、少し声をかけ、見送った。その後だった。

スケート場に残った安藤の元に、不安を示すような田内からのLINEが入った。瞬間、席を立ち、中京大のキャンパス内に飛び出していった。

追いかけ、見つけ、引き留めた。不安を分かち合う車中での会話は、それから2時間にも及んだ。

初めて1人の生徒を教える日々。そこで絶対にぶれない信念がある。

「何があっても向き合う事はやめたくない」

どんな時も寄り添えるように。その真意に触れようと問うと、ある記憶を引っ張り出してくれた。

NHK杯女子フリーを前にした練習で安藤美姫(右)を見つめるモロゾフ・コーチ(2009年11月7日撮影)

NHK杯女子フリーを前にした練習で安藤美姫(右)を見つめるモロゾフ・コーチ(2009年11月7日撮影)

「私はもっとすごかったので(笑い)。でも、ニコライなんですよ、私の指導のベースは。私が何をやっても、どんなに言い合っても、何か1つのつながりがある、そんな関係だったので。例えば…」

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スポーツ

阿部健吾Kengo Abe

2008年入社後にスポーツ部(野球以外を担当します)に配属されて15年目。異動ゼロは社内でも珍種です。
どっこい、多様な競技を取材してきた強みを生かし、選手のすごみを横断的に、“特種”な記事を書きたいと奮闘してます。
ツイッターは@KengoAbe_nikkan。二児の父です。