辰吉寿以輝の現在地〈23〉無念の失神TKO負け、その時何が―

平成のカリスマ、丈一郎(54)を父に持つ辰吉寿以輝(28=大阪帝拳)。

日本初の親子世界王者につながる道を一途に歩みます。

プロ10年目の初タイトル挑戦は、2回TKO負けに終わりました。

東洋太平洋スーパーバンタム級タイトルマッチは、壮絶な失神TKO負け。

寿以輝は年末年始をどのように過ごしていたのでしょうか。

昨年12月12日の中嶋一輝戦(31=大橋)から、年が明けて、寿以輝に会いにいきました。

ボクシング

新年を祝う気分がまだ残るジムで、シャドーボクシングを行う辰吉寿以輝(2025年1月6日)

新年を祝う気分がまだ残るジムで、シャドーボクシングを行う辰吉寿以輝(2025年1月6日)

失神TKO負け、頭部へのダメージは

25年1月6日、大阪帝拳ジム。

新年を祝う気分がまだ残るジムで、寿以輝を待った。

午後4時15分、いつものように寿以輝はやってきた。

丁寧にバンテージを巻く。

同33分、ロープ。

同45分、シャドーボクシング。

同5時からミット打ち。

力の入れ具合は半分程度か。

体の動きを確かめるように、パンチを繰り出した。

練習を終えて、寿以輝は汗をかいた練習着のままで、ジムの床に座った。

「いいですよ」と取材に応じる姿勢を見せた。

辰吉寿以輝が所属する大阪帝拳ジムには鏡餅が飾られていた(2025年1月6日)

辰吉寿以輝が所属する大阪帝拳ジムには鏡餅が飾られていた(2025年1月6日)

まずは確認すべき内容があった。

痛烈な2回KO負け。

試合後は担架で医務室に運ばれた。

試合直後は、本人に記憶がなく、取材対応もなかった。

頭部へのダメージが心配される状況だった。

病院での検査はどうだったのか。

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スポーツ

益田一弘Kazuhiro Masuda

Hiroshima

広島市生まれ。2000年の入社からバトル、相撲、サッカー、野球を担当して、13年からオリンピック担当。
14年ソチ、16年リオデジャネイロを取材して、18年平昌、21年東京は五輪班キャップを務める。東京五輪後に一般スポーツデスク。
大学時代はボクシング部で全日本選手権出場も初戦敗退。アマチュア戦績は21勝(17KO)8敗。