【無料会員記事】辰吉寿以輝の現在地〈34〉「ダウン取られた」OB語るデビュー当時

平成のカリスマ、丈一郎(54)を父に持つ辰吉寿以輝(29=大阪帝拳)。

日本初の親子世界王者につながる道を一途に歩みます。

15年4月のプロデビューから数えて、節目となる20戦目を迎えます。

2月15日、スーパーバンタム級8回戦でノーランカーの山内翔貴(26=本田フィットネス)と対戦。

オーソドックス(右構え)との試合は、24年1月の与那覇勇気戦以来2年1カ月ぶりで、年内のタイトル戦線再浮上を目指します。

試合を3週間後に控えた1月下旬、寿以輝のミットを持っていたのは懐かしい顔でした。

ボクシング




元世界ランカーの大阪帝拳OB、李明浩さん=2026年1月24日

元世界ランカーの大阪帝拳OB、李明浩さん=2026年1月24日

懐かしい顔との再会


大阪帝拳ジムのフロアは、いつもよりにぎやかな雰囲気が漂っていた。

26年1月24日、午後4時。

土曜日は午前11時にジムがオープンするため、すでに多くの選手や会員が体を動かしていた。

ふっと見ると、入り口近くに金髪ショートの男。

ただ者ではないムードがプンプンしている。

すっと通り抜けようとすると、呼び止められた。

「あれ~、久しぶりじゃないですか」

元世界ランカーだった李明浩(り・みょんほ)さん。

プロ戦績19勝(6KO)5敗1分けの大阪帝拳OBだった。

2015年当時の李明浩さん

2015年当時の李明浩さん

李さんのことはよく覚えている。

寿以輝がデビューした15年4月ごろ、大阪帝拳のジム頭だった。

当時も、金髪のベリーショート。

相手の返り血で金髪を赤く染めた李さんが、鬼の形相でパンチをくり出す姿は正直、怖すぎた。

15年12月には、世界挑戦の経験もある。

井岡一翔にプロ初黒星をつけた技巧派のIBF王者アムナト・ルエンロンに敵地タイで挑んだ。

当時33歳だった李さんは、強豪王者を相手に、完全アウェーで、フルラウンドの12回を戦い抜いた。

0―3の判定負けを喫したが、その敢闘精神はたたえられるべきものだった。


李明浩さんの持つミットに左ボディーフックを打ち込む寿以輝(右)=2026年1月24日

李明浩さんの持つミットに左ボディーフックを打ち込む寿以輝(右)=2026年1月24日

そんな李さんはリングを下りれば、底抜けにいい人だ。

アムナト戦を最後に引退して、居酒屋「屋台のみょんみょん」を開いたと聞いていたが…。

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スポーツ

益田一弘Kazuhiro Masuda

Hiroshima

広島市生まれ。2000年の入社からバトル、相撲、サッカー、野球を担当して、13年からオリンピック担当。
14年ソチ、16年リオデジャネイロを取材して、18年平昌、21年東京は五輪班キャップを務める。東京五輪後に一般スポーツデスク。
大学時代はボクシング部で全日本選手権出場も初戦敗退。アマチュア戦績は21勝(17KO)8敗。