辰吉寿以輝の現在地〈25〉父は言った「倒れてはまだまだ。俺は立ったまま失神した」

平成のカリスマ、丈一郎(54)を父に持つ辰吉寿以輝(28=大阪帝拳)。

日本初の親子世界王者につながる道を一途に歩みます。

初のタイトル戦で、壮絶なTKO負けを喫した寿以輝は、担架で医務室に運ばれました。

華やかなリング上とは違って、薄暗い階下のバックヤードは、張り詰めた空気が流れました。

舞台裏でどんなことが起きていたのか。

余すところなくお届けします。

ボクシング

TKO負けを喫し、失神する辰吉寿以輝(下)にレフェリーらが駆け寄る=2024年12月12日

TKO負けを喫し、失神する辰吉寿以輝(下)にレフェリーらが駆け寄る=2024年12月12日

「意識はあります」バックヤードに広がる安堵

24日12月12日午後8時9分。

寿以輝は、リングに倒れていた。

レフェリーがカウントを「2」で止めて、そっと頭を抱え込む。

すぐに青コーナーに振り返って、担架を要請した。

中途半端な状態で、空中に伸びたままの右腕が、深刻なダメージを感じさせた。

その脇で、王者中嶋は両手を挙げて喜びを示した。

残酷なまでに、勝者と敗者のコントラストが浮かび上がった。

リングサイドで、寿以輝の長女の莉羽ちゃんが泣きじゃくっていた。

担架に乗せられた寿以輝は、そのまま階下のバックヤードにある医務室に直行。

2人で並んで歩くといっぱいになるような、狭い通路の壁際に、6~7人の記者が並んだ。

医務室の中はうかがい知れない。

だれも言葉を発しない。

吉井会長、セコンドのアントントレーナー、丈一郎、優さんと2人の子ども、帝拳ジムの本田会長らが医務室に入っていく。

母るみさんの姿はない。

いつも試合を直視できないほど緊張している母は、リングサイドの座席から一歩も動けないのかもしれない。

だれか、そばについているのだろうか。

午後8時16分。

寿以輝が医務室に入ってから5分後。

日本ボクシングコミッションの安河内事務局長が、医務室から出てきた。

「大丈夫。意識はあります」

そのひと言で、壁にぴったりと背中をつけて並んでいた報道陣に、安堵(あんど)の空気が流れた。

午後8時30分、医務室のそばにある外階段の踊り場。

丈一郎が、優さんに何度も何度も話しかけていた。

言葉は聞き取れなかったが、優しい口調が見てとれた。

「辰吉選手、通ります」

セコンドに肩を借りた寿以輝がうつむいたまま、ゆっくりと医務室から控室に移動した。

足取りはややおぼつかなかったが、確かに自分で足を動かしていた。

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スポーツ

益田一弘Kazuhiro Masuda

Hiroshima

広島市生まれ。2000年の入社からバトル、相撲、サッカー、野球を担当して、13年からオリンピック担当。
14年ソチ、16年リオデジャネイロを取材して、18年平昌、21年東京は五輪班キャップを務める。東京五輪後に一般スポーツデスク。
大学時代はボクシング部で全日本選手権出場も初戦敗退。アマチュア戦績は21勝(17KO)8敗。