【ブルーペナント〈29〉】鈴木淳之介はある意味持ってる 言葉少な「ここからです」
「ブルーペナント」。
その存在を知っている人はどれほどいるでしょうか。日本代表選手が初めて国際Aマッチに出場した際に「育成年代に特にお世話になった指導者を申告」し、記念となるペナントを作成して贈る日本サッカー協会(JFA)の指導者表彰制度。今回はDF鈴木淳之介(22=コペンハーゲン)のルーツを紹介します。日本代表入りから1年足らずでワールドカップ(W杯)北中米大会行きをつかんだ新星。ボランチでプロ入りも、DF転向で才能が開花した男の小学時代を知るF.C.DIVINE(愛知)の青井健さん(48)に話を聞いた。
サッカー
◆鈴木淳之介(すずき・じゅんのすけ)2003年(平15)7月12日、岐阜・各務原市生まれ。F.C.DIVINEでサッカーを始める。岐阜VAMOSから帝京大可児高に進み、高2の12月に湘南加入内定。高2と高3で高校選手権に出場し、優秀選手に選出。22年から湘南でプレーし、25年6月のW杯アジア最終予選で代表デビュー。25年夏にコペンハーゲン(デンマーク)へ完全移籍。国際Aマッチ6試合出場無得点(3月31日現在)。180センチ、78キロ。
◆青井健(あおい・たけし)1977年(昭52)8月5日生まれ、岐阜県出身。川島スポーツ少年団でサッカーを始める。川島中で主将として県大会優勝。帝京高(東京)に進み、高2と高3で高校選手権に出場。高2は準優勝。96年に東京ガスFCに加入。98年シーズンにJFL優勝。FC東京に改名し、J2初年度で初代2番を背負う。99年限りで現役引退し、F.C.DIVINEを創設。指導者として鈴木らを育てる。
スクール史上「最高傑作」
「淳之介はF.C.DIVINE史上最高傑作ですよ」。鈴木を小学生時代に指導した青井さんはそう評する。愛知県江南市を拠点に活動するクラブのスクールに鈴木が入ったのは幼稚園の頃だった。
「淳之介はお兄ちゃんが通っていたので、それについてきていた感じでした。最初からすごかった。この素材は今後出ないんじゃないかなというくらい。これがプロにいけなかったらこの先プロにいけるやついるのかなと思いました」
青井さん自身も元プロだ。帝京高校から東京ガスに進み、FC東京でプレーした。一流の基準は分かっているはず。その実績をもってしても鈴木の才能にほれ込んだ。何がそう思わせたのか。
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佐藤成Sei Sato
2019年入社。高校野球の埼玉県担当後、文化社会部に配属。社会班として、常磐自動車道あおり運転事件や埼玉県知事選などを取材。
11月から芸能班に配置転換で、放送担当に。日本テレビ、TBSを受け持った。事務所はワタナベエンターテインメントやホリプロ、吉本興業など。
23年5月にスポーツ部へ異動。サッカー班として川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、A代表、U-23日本代表、なでしこジャパンの担当となる。24年1月アジアカップカタール大会、パリオリンピックなど取材。血液型B。