【ブルーペナント〈11〉下編】鈴木淳之介 ぶつかってきた相手がぶっ飛んだ高校時代
「ブルーペナント」。
その存在を知っている人はどれほどいるでしょうか。
サッカー日本代表選手が初めて国際Aマッチに出場した際に「育成年代に特にお世話になった指導者を申告」し、記念となるペナントを作成して贈るものです。
日本サッカー協会(JFA)が「育成年代の指導者への敬意として」行っている日本代表・育成指導者表彰制度。
今回は6月10日に行われた26年ワールドカップ(W杯)北中米大会アジア最終予選のインドネシア戦で日本代表デビューを果たしたDF鈴木淳之介(22=コペンハーゲン)がブルーペナントを送る手続きをした(現物は未着)、帝京大可児高(岐阜)の仲井正剛監督(46)に話を聞きました。
後編では、高2でプロ入りを決めて迎えた高3の1年と、常に冷静な鈴木の心が珍しく揺れたという秘話を紹介します。
サッカー
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◆鈴木淳之介(すずき・じゅんのすけ)2003年(平15)7月12日、岐阜・各務原市生まれ。F.C.DIVINEでサッカーを始める。岐阜VAMOSから帝京大可児高に進み、高2の12月に湘南ベルマーレ加入内定。高2と高3で高校選手権に出場し、優秀選手に選出。22年から湘南でプレーし、25年6月のW杯アジア最終予選で代表デビュー。25年夏にコペンハーゲン(デンマーク)へ完全移籍。国際Aマッチ4試合出場無得点。180センチ78キロ。
◆仲井正剛(なかい・せいごう)1979年(昭54)8月6日、岐阜市生まれ。1期生だった岐阜VAMOSで全国制覇。桐蔭学園ではインターハイ出場し、阪南大では総理大臣杯初優勝に貢献した。卒業後は一般企業での勤務を経て、スポーツクラブやスイミングスクール事業のコパンに入社。サッカー事業を担当し、帝京大可児と提携。06年に帝京大可児高の監督に就任し、同年に高校選手権初出場に導いた。12年~18年は中部大監督。19年から帝京大可児に復帰し、同年~25年まで7年連続で高校選手権出場。現在はコパンのサッカー事業部で部長を務める。主な教え子はFW三島頌平(J2熊本)、MF杉本太郎(J2徳島)、DF鈴木淳之介(コペンハーゲン)。B級ライセンス保有。
3日間の練習参加でプロから正式オファー
湘南ベルマーレは20年12月、帝京大可児高2年のMF鈴木淳之介が22シーズンから加入すると発表した。
高2の夏までは高校でもレギュラーを確約されていなかった選手が、コロナ禍での自主練習の成果もあって一気に力を伸ばし、わずか3日間の練習参加でプロクラブから正式オファーを勝ち取るまでに成長。
帝京大可児での時間は、人生を変えるまでのものになった。
その成長曲線は、プロ入りを決めてからさらに急なものとなった。恩師である仲井は、鈴木の高校ラストシーズンを「化け物級に良くなった」と振り返る。
湘南との行き来で苦戦のスタート
高校卒業まで1年以上を残すタイミングで内定したことで、鈴木は高3に入る前の春休みから湘南のキャンプや練習に参加する機会を得た。ただ、最初は湘南の練習に行っては湘南のスタイルに染まり、帝京大可児に戻った時にチームの戦いにフィットできない時間が続いた。
「湘南は3-6-1や3-5-2のアンカーを探していて、淳之介を評価してくれました。そこでのプレーが良くての即オファーだったんですけど、うちのチームは4-2-3-1でダブルボランチのシステムで、アンカーがいなかったんですよね。しかも、淳之介はガンガン前に出ていくタイプで、その相方がアンカーに近いプレーをしている状況。その切り替えができずに、苦しんでいた時期はあったと思います」
悪い意味でその違いが出たのが、高3の4月に行われたU-18プリンスリーグ東海の開幕戦だった。浜松開誠館(静岡)との初戦は、4-2で勝利こそしたものの、難しいものになった。
「淳之介は湘南のキャンプや練習に参加させてもらって、プリンスリーグの1週間前に戻ってきた。その開幕戦、最悪でした(笑い)」
それはプロのトレーニング参加したことによる疲労ではなく、プレースタイルの違いが原因だった。
「完全にアンカーの選手になって帰ってきたんです。湘南のプレースタイルに合ったアンカー。その良さを自チームに落とし込めれば良かったと思うんですけど、その時はそれがスムーズではなかった。プロ内定選手として周囲から注目されていたのに、監督にめっちゃ怒られている。そういう試合でした」
自分に対して多くの指示が飛んだ試合で、鈴木は求められた前に出るプレーで結果を出して、意地も見せた。2-2の後半35分、自ら持ち込んでゴールを決めた。
「普段はあまり感情を見せないけど、イライラもしていたんだと思います。1人で5人ぐらいを一気に抜いてシュートを決めて『うるせえ』、『これで文句ねえだろ』みたいな感じだった。彼はそんなふうには言わないですけど、そんな感じは伝わりました。『これをやればいいんやろ』みたいな雰囲気で」
ピッチ上で感情をむき出しにすることがほとんどなかった鈴木は、このプレーで気持ちを出しにすると同時に、帝京大可児でのプレーを取り戻した。
数試合をこなしたころには「求められることをしっかりやっていた」。夏には再び湘南の練習に参加したが、この後には同じ過ちを繰り返さなかったという。
「また湘南の練習に行ってどうなるかなと思っていたけど、次に戻ってきた時には、しっかり整理されていた。湘南で求められていることと、学校で求められることは違うと頭で理解して、プレーでも表現できていた」
ポジションや役割が変わって、も求められる仕事ができる順応力を身につけたことは、プロになってからコンバートされたり、加わったばかりの日本代表でもスムーズにプレーできることにつながった。
プロに刺激されて向上したフィジカル面の意識
湘南での経験は、フィジカル面向上の意識を高めることにもなった。
「湘南のキャンプに行ってから、体つきがどんどん変わっていきました。寮生活で、食べているものは変わらないはずなんですけど、大きくなった。量を増やしたんだと思います。『これぐらいやれなきゃいけない』、『それにはこれぐらい食べなきゃいけない』と、基準を上げていっていた」
フィジカル面でも超高校級と言えるまでに成長した鈴木は、主審のミスジャッジを誘うまでの強さだった。
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1980年(昭55)9月9日、愛知県生まれ。小3でサッカーを始める。法大卒業後、商社、フリーランスのサッカーライター、商社、外資系半導体メーカーでの勤務をへて、23年4月に日刊スポーツ新聞西日本に入社。日本サッカー協会B級ライセンス保有。日本アンプティサッカー協会技術委員長。X(旧ツイッター)は@j_nagata
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