幼い頃の記憶がふとよみがえる。少年は池田浩二の腕にぶらさがって笑っていた。自宅を訪れる一流レーサーを「浩二くん、浩二くん」と呼び、遊んでもらい、はしゃいでいた。

少年の名は吉田裕平(26=愛知)。「浩二くん」の偉大さを知るのは、もう少し先の話だ。


吉田裕平
吉田裕平
池田浩二
池田浩二

常滑で生まれ育った。レース場のほど近く、保育園にもボートが置いてあるような町だった。父は吉田徳夫氏(引退)。自然にボートレーサーを志した。池田への憧れも後押しした。「浩二さんは昔から格好良かった。強かったし、この人みたいな大人になりたいと強く思っていた」。

15年11月デビュー。デビュー約8年、蒲郡のボートレースダービー(24~29日)でSG初出場を果たす。憧れの「浩二くん」と大舞台で相まみえる。

池田は少年が生まれた翌年にデビュー。腕にぶら下がっていた頃は20代だ。月日は流れ、追いかけ続けた背中は45歳になっても一線で走り続ける。「あの年になっても、活躍し続けてくれてることに感謝。僕が出る時に、出てくれて…」。

選手になってから、かけられた言葉が忘れられない。「俺はもう、いなくなるよ。長くないよ。(上の舞台に)早く来いよ」。言葉は深く響いた。

地元ダービーを目指し、選考期間初日から気持ちを入れた。選考勝率は7・35。選出順位33位で堂々の初出場だ。「浩二くん」から「浩二さん」へ。少年は大人になり、大舞台で憧れの選手に挑む。

「童心を思い出したいですね。この人みたいになりたいと思っていた。今までの集大成で浩二さんにぶつかっていきたい」。ずっと背中を追いかけていた少年が、憧れを捨てて打ち負かす-そんなシーンを見たい。