ステージ4の肺がんから奇跡の復活を遂げた鈴木龍之介
ステージ4の肺がんから奇跡の復活を遂げた鈴木龍之介

競輪、楽しんでいますか?

正直、耳を疑った。

「肺がんです。ステージ4です」

松戸F1前検の24日、2月7日の四日市以来、260日ぶりの実戦となる鈴木龍之介(45=栃木)が発した言葉だ。

聞けば、1月いわき平で決勝進出(7着)したあたりからレース後の呼吸に違和感を感じ始め、身体検査→CT検査→気管支鏡検査の順で受診した結果、前述の病名が診断されたという。「脳にも転移していて、自分でもすごいスピードで弱っていくのが分かるんです」と振り返った。

せきが止まらず、血痰(けったん)が絡むので横になって寝られず、ベッドに座椅子を置いて寝ていたという。それでも、ほとんど熟睡できない毎日。階段を上った後は膝をつかないと呼吸ができなかった。そして、医師からは「予後1年」と告げられる。これは「余命1年」を意味した。妻、そして高2、中3、小6の3人の娘がいる。「家のローンもあるし、不安しかなかった。終活も考えました」と続けた。

だが、神様は見放さなかった。絶望のふちで「2つのラッキー」(鈴木)をつかんだ。

1つは、遺伝子検査の結果、がん細胞の増殖だけを阻害する薬が使える体だということが判明したこと。「10人に1人の割合でしか適合する人がいないそうです。この薬はがん細胞以外には作用しないから、副作用もほとんどなかった」。朝晩1回ずつの飲み薬で「劇的に体調が良くなった。すぐに、横になって寝られるようになりました」と言う。

もう1つは、4月、栃木県内にある独協医科大病院に、世界で2台目という「ガンマナイフ」という最先端機器が導入されたこと。この機器を使用した結果、脳に転移していた腫瘍もほぼ消滅。「本当に幸運でした」と今でも信じられないという表情だ。82キロから70キロまで落ちた体重も今では84キロまで戻り、主治医も「前例がない回復ぶりだ」と驚いているという。

7月から練習を再開し、1000メートルも基準のタイムをクリア。「最初は周りに全く付いていけなかったのに、今は休む前よりいいぐらい。練習とレースは違うけど、やれる手応えはあります」と目を輝かせる。そして「支えてくれた家族はもちろん、選手仲間、JKAの関係者など、復帰する方向に導いてくれた全ての人に感謝します」と目を潤ませた。

その中でも一番、心に残るというエピソードがある。

「療養中に高校(作新学院)の同級生で競輪学校(現養成所)も同期(81期)の飯嶋則之が見舞いに来てくれた時のこと。見舞いの品が入った袋に“絶対に復帰しろ”と書いてあったんです。復帰に向け、強く背中を押された瞬間でしたね」

260日ぶりのレースで4着でゴールすると「ホッとした部分もあるけど、それ以上に悔しさを感じた」と闘志は全く衰えていない。そして「僕が頑張ることで、同じような境遇の人の希望になればうれしい」と前を向いた。生きる、そして生かされている喜びを胸に戦い続ける。【栗田文人】

復帰戦4着後、レースを振り返る鈴木龍之介(撮影・栗田文人)
復帰戦4着後、レースを振り返る鈴木龍之介(撮影・栗田文人)