私を揺さぶる、グランプリ-。12月16日からボートレース住之江で開幕する1年の総決算、SG「第40回グランプリ」に向けた特別企画「Road to THE GRAND PRIXキャンペーン」と題した企画の第3弾として、池田浩二(47=愛知)にスポットライトをあてる。過去に出場したGPの振り返り、今年にかける意気込みなど、愛知支部のトップレーサー2人が、年末の大一番に向けて思いを語った。(取材日=9月20日)。
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02年、GPが「賞金王決定戦」と呼ばれていた時代、24歳の池田浩二はデビュー5年で初出場を果たした。TRは3、6、4着で敗退。順位決定戦は5着だった。優勝したのは植木通彦。4コースからまくって、イン浜野谷憲吾を下した。池田にとっては苦いGPデビューとなった。「全く歯が立たなかった。訓練生と選手みたいな感じ。レベルが違い過ぎた。技量も違うし、ペラのたたき方も違う。若い頃は全部に劣っていましたね」。
今年は賞金ランク2位(9月24日現在)。5年連続16度目の出場を当確としている。「最初のうちは話す人がいなくて、相談できる相手もいなかった。昔は本当、GPは孤独すぎた。話し相手が増えるとリラックスできる。レースは別ですけど。西山(貴浩)とかは結構、面白いところがある」。孤独を感じて、GPに行きたくないと思ったこともある。初出場の翌年は6、4、妨害失格。順位決定戦3着の成績を残した。
初めて黄金のヘルメットをかぶったのは、5度目の出場となった11年。33歳の池田はTRを1、3、2着で駆け抜け、初のファイナル1枠を手にしたが、経験したことのない重圧に襲われた。「これはねえ、いい気分はしなかったですね。緊張と重圧ですかね。生きた心地がしない? そんな感じですよ。当日、ピットを離れるまでは」。目指してきたものに最も近い位置にいながら、「レースに行きたくない、と感じていた」。迎えた本番、トップタイのスタートから完璧に逃げて初制覇。ゴールの瞬間、ファンに向かって力強く右手でガッツポーズ。オールスター、ダービーに続く年間3冠を達成。“池田時代”の到来を感じさせた。
2度目の戴冠は13年。TRは1、1、5着で2度目のファイナル1枠となった。この時も、プレッシャーは変わらなかった。「優勝戦は重圧がありましたね。正直、着は何でもいいんですけど、Fだけはできないと。なんだろうな。スタートなんて入れればいいんだけど、何か気持ち悪いんですよね」。体験した者にしか分からないプレッシャー。とにかく解放されたいということか。それでも、2度目も完璧に逃げた。「2回取ったからといって、次も取れるとかはないです。ただ、そのレースを取っただけ。それが継続するかと言われたら、そうは思わない」。どこまでも淡々と、ほほ笑みひとつ見せずに振り返る。GPを勝つことの難しさを、誰よりも分かっているのかもしれない。
33、35歳で頂点に立った男は47歳になった。肉体も視力も衰えてくる。若い頃にできていたことが、できなくなっている-。自分が一番そう感じている。「全体的に衰えている。僕も長くない。人が思っているよりきつい職業。まだできるって言われるけど、そう言っている人はアマチュアです。GPも今年最後だと思っている。もうないと思うよ。ないというか、今年最後でいいというぐらいの気持ちで走る」。衰えを口にしても、グラチャンで11度目のSG制覇。トップレーサーであり続ける。
「下の子が大きくなったら、お父さんはこんな仕事をしていると伝えたい」。そう言ったのは12年前、2度目V直後の会見だ。子どもは3人。一番下の長女は中学1年になった。「子どもが応援してくれると、モチベーションにはなる。昔はそんなことなかったんですけど、いい年齢になったからだと思いますね」。今年で最後なんて言わないで。ファンも、子どもたちもきっと、そう思っている。





















