出場選手で唯一MGC出場権を持つ小原怜(28=天満屋)が日本選手最高の2位に入った。しかし30キロと35キロ過ぎの2度、勝負を仕掛けながら失速。優勝したファツマ・サド(エチオピア)に競り落とされた。
タイムも平凡な2時間25分46秒に小原は「勇気を持って仕掛けるのがテーマ。動いたけど動き切れなかった。自分の弱さを感じた」。天満屋の武冨豊監督(64)も「練習が足りなかった部分もあるが、心の弱さが出た。仕掛けたら、最後はつぶれてもいいぐらいの覚悟でいってほしかったが、1キロぐらいで他の選手を気にした。仕掛けたのにペースを落とした」と厳しかった。
3年前の名古屋、わずか1秒差でリオ五輪を逃した。その悔しさを晴らすには東京五輪出場しかない。9月のMGCに向け、今回は「強い自分を示さないといけない。(他の選手に)警戒、という部分でも」。東京五輪を狙うライバルの脅威となる走りを狙ったが、できなかったことは自身が最も痛感している。
17年2月に左足小指を骨折するなど、ケガにも泣いた。自分の走りを見失い、「もう走るのをやめたい」と思ったこともあった。今回も年明けに左肋骨(ろっこつ)付近の炎症で2週間走れず、万全ではなかった。今回の大阪に出場できるか不安で混乱した時期もあり、「無事にスタートラインに立ててうれしかった」と素直に言った。
これまで数々の五輪ランナーを育てた武冨監督も「能力は高い。期待しているから、殻を破ってほしかった」と言う。9月は東京への一発勝負。「変わらなきゃ」は小原がだれよりも願う。「(9月は)ひと皮むけた自分になっていたい」という言葉に力がこもった。

