2015年の全米オープン以降メジャー優勝から遠ざかっていたジョーダン・スピースが、キャリアグランドスラム(4大大会をすべて優勝する事)に王手をかける全英オープンの優勝をもぎ取った。

 初日から最終日まで首位をキープし続け、最後は2位のクーチャーに3打差をつける優勝だった。


●2015年マスターズの教訓


 3日目までは昨年のマスターズと似た状況だった。2016年のマスターズ、スピースは最終日のバック9まで首位を守っていた。しかし迎えた11番で右にプッシュアウトしボギー。そして続く12番パー3では、ティショットがこれまたプッシュアウト気味になり池に入れてしまう。その後の3打目も池につかまり、このホール”7”。メジャーの優勝争いがいかに大きなプレッシャーなのか、全世界が知る事となった。

 今回の全英オープンでも昨年のマスターズ同様3日目まで首位に立ち続け、最終日は最終組で臨む展開。

 そして再びプレッシャーがスピースを襲う。13番でティショットが大きく右にプッシュアウトしてしまったのだ。しかしこのピンチを周知の通りのアンプレアブルで後方の練習場まで下がり、ボギーでこらえた。

 続く14番、201ヤードのパー3。スピースの脳裏には”あの”オーガスタでのプッシュアウトがあったかもしれない。番手は池に入れたときよりも長い6番アイアン。プッシュアウトの危険はさらに高い。しかしスピースの放った打球は「カモン、ジョーダン!」というギャラリーの声に乗り、雨を切り裂いてピンの根元に着弾。ボールはピン奥1メートルに止まった。

 このホールのバウンスバック(ボギーの後にバーディーを取ること)は、オーガスタ12番の”7”の悪夢を教訓としたことで生まれたものだっただろう。


●コーチを最終日まで残した本気度


 スピースのコーチであるキャメロン・マコーミックは、技術面を教えるティーチングより、コンディションやメンタル面も含めた総合的なパフォーマンス向上に定評がある。

 3日目を終えて昨年のマスターズと同じポジションになった時点で、二の舞を演じないように考えていただろうし、その状況を想定してアドバイスを送っていた事も考えられる。

 メジャー大会であっても練習日だけで帯同を切り上げることもあるマコーミックが、優勝後にスピースとがっちりと抱擁をする姿を見て、今大会にかける2人の本気度をうかがい知ることができた。


●3位に食い込んだ中国の新星


 最終日、この日もっともよいスコアとなった”63”でラウンドをしたリー・ハオトン。21歳とは思えないショートゲームの器用さを武器にする選手だ。

中国出身のリー。ジュニアの頃は身体が小さく体力もなかったためそれほど有望なプレーヤーではなかったが、17歳の頃に身体が大きく成長したことで飛距離がアップし頭角を現した。

 リーは上海で主に若手の育成に力を入れた活動を行っているスコットランド出身のマイケル・ディッキーというコーチに指導を受けてきた。中国ではデビッド・レッドベターの系譜を継ぐコーチが非常に多いが、このマイケルもレッドベターアカデミーにいてその後独立した経歴の持ち主だ。

 リーのスイングはダスティン・ジョンソンなどと同じく下半身をしっかりと使うタイプで、踏み込みの力によって、回転のエネルギーを生み出している。体と腕の同調性など、まだまだ向上の余地があるスイングではあるが今後が楽しみな選手だ。

 今回の全英オープンでの躍進が、大きな自信になったことは間違いがないだろう。こうして得られる一つ一つの経験の積み重ねが、メジャーで優勝争いをする糧となっていく。大きなプレッシャーやトラブルに見舞われた時に、もっともプレーヤーの支えになるのはそういった経験値に他ならない。

リーは優勝したスピースの背中を見て、そう感じたに違いない。


 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/


(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)