欧米ではジュニアの頃から、コーチを付けてスイングを教わるのが一般的だ。そのため下部ツアーに参戦している選手やトップツアー1年目のルーキーでも、コーチを付けている選手が多くいる。そしてPGAツアーではジョーダン・スピースやジャスティン・トーマスといった20代前半の選手が次々と活躍をしている。実力のある若手選手を育てる、欧米の育成のシステムの現状を探った。


●ジュニア育成に特化した専門施設


日本ツアーでトップクラスの活躍をした選手でさえ、安定した結果を残すことが難しいPGAツアー。しかしここ数年、ジョーダン・スピースやジャスティン・トーマスのように、参戦して間もなく優勝をしてランキングの上位に食い込む若手選手が多くいる。そして下部ツアーには彼らよりもさらに若く伸び盛りの選手が、トップツアーのシード権に長い順番待ちの列を作って並んでいる。

こういった若い実力を持った選手が多いのは、競技人口のパイが大きいという数の論理はあるが、ジュニアの頃からのゴルフ教育も大きく影響をしているのではないか。そんな考えからアメリカでトップレベルの技術を教える、ジュニア専用アカデミーに話を聞きに行った。

まず最初に訪れたのはフロリダにある全寮制のジュニア専門養成施設、「ビショップゴルフゲート」だ。一時、宮里美香や有村智恵などのコーチを務めた、ケビン・スメルツがヘッドコーチとして運営をしている。


有村智恵なども指導したケビン・スメルツ氏
有村智恵なども指導したケビン・スメルツ氏

日本でジュニア向けのスクールというと「練習場やコースに付随したクラス」程度のものが多いが、「ビショップゴルフゲート」は施設の規模が日本のそれとはまったく異なる。

広大な敷地に9ホールのコースがあり、芝から打てる300ヤード超のドライビングレンジがある。練習グリーン、アプローチグリーンもあり、「常に11フィートをキープしている」(スメルツ)という状態に整備されていた。さらには体育館と室内トレーニングジムの2つの室内トレーニング施設があり、雨の日や夜間でもトレーニングが可能なのだ。これらの充実した施設を誰に気兼ねすることもなく自由に使用することができる。


好きなだけ芝から打てる環境
好きなだけ芝から打てる環境

レッスン生たちは別荘のようなコテージに宿泊し、1人1部屋が割り当てられている。専属の調理師や学校へのスクールバスも完備されているので、ゴルフ漬けになりたいという選手にとっては最高の環境が用意されているのだ。


●指導法はアメリカ的


「うちに見学に来た人は、まずコースや練習施設などのハード面を気に入ってもらえるが、育成の本質はそこではない」とスメルツは言う。

「ビショップの最大の強みはアドバイザリーボードにあるんだ。生徒たちの成熟度別にさまざまなメソッドがあるが、そのすべてにおいてバイオメカニクス(生体力学)やメンタル面をサポートする心理学の専門家が裏付けを行っている。うちではコーチの経験則だけで選手を育成する事はないよ」

アドバイザリーボードとは経営でいう外部の諮問委員会のようなものだが、「ビショップゴルフアカデミー」には科学的な裏付けをする専門家をはじめ、トレーナーやコーチ、生徒の生活管理を行うスタッフなど、「教える人」以外も多くの人がかかわっている。

「トレーニングの内容に裏付けがある事はとても重要だ。習得スピードや怪我などのリスクを抑えられる事や生徒の納得感が得られる事に加え、指導方法を仕組化できると言う点が非常に大きい。カリスマコーチが一人いたとして、その人が教えられる人数は限られているが、その指導法を仕組化すれば多くのトップ選手を育成する事ができるようになるからね」


生徒のデータ分析内容の説明を受ける
生徒のデータ分析内容の説明を受ける

●メジャーチャンピオンもほれ込む育成の仕組み


このように書くと、「型にはめてカチッと教えている」という印象を持つかもしれないが、アカデミーの雰囲気は自由そのものだった。

生徒は日本の中学、高校生くらいの年齢層が多く、国内だけでなくアジアから留学をしている生徒もいた。日中は近くの学校に通い、授業が終わってからは施設内でみっちり練習ができるようになっている。

全体の練習メニューが決まっておらず、個人のレベルをチャートで把握した上で、コーチがレベルに合った練習法を出すという仕組みだ。

「語弊を恐れずに言うと」と前置きしたうえで、スメルツは生徒の特性についてこんなことを言っていた。

「アメリカ人は怠け者が多いですね。いかに手を抜くかという意識(笑)。だから彼らには効率の良い練習方法を教えます。アジア人は逆に真面目に練習をする。練習時間長くなりがちなので故障に気を付けます」

こういった個に合わせた練習と、それを裏付ける仕組みが作られているので、どのようなタイプの選手でも能力を伸ばせる可能性が高くになる。アカデミーには昨年の全米アマチュア選手権2位になった実力者や、ジョン・デーリーの息子も在籍をしていた。

メジャーを制したデーリーも、この仕組みであれば能力が伸びる可能性が高いと評価したという。


ジョン・デーリーの息子
ジョン・デーリーの息子

ちなみに「ビショップゴルフゲート」の年間授業料は7万ドル程度。1週間程度のショートステイで約2500ドルメニューもあった。決して安くはない金額だが、伸び盛りのジュニアたちにとってお金には代えられない貴重な経験や刺激を得られることだろう。

◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。欧米のゴルフ先進国にて米PGAツアー選手を指導する80人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を直接学び研究活動を行っている。書籍「ロジカル・パッティング」(実業之日本社)では欧米パッティングコーチの最新メソッドを紹介している。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/

(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)