PGAツアー通算7勝のうち4勝がメジャートーナメントという「メジャー男」ブルック・ケプカが9日に全米オープン(9月17日~20日、米国ニューヨーク州・ウィンゲッド・フットGC)の欠場を表明した。2107年から優勝、優勝、2位と抜群の相性を誇る全米オープンを欠場するのは、本人もファンもさぞかし残念だろう。


■得意の全米オープンを欠場


ケプカは昨年秋の左膝の手術以来不調が続き、WGCフェデックス・セントジュード招待では復調の兆しも見えたが、体の状態が思わしくないらしい。先月に行われた全米プロゴルフ選手権でも、ラウンド中にトレーナーのマッサージを受ける姿も見られた。

ケプカをメジャートーナメントで見ることができないのは残念だが、早く体の状態を改善して再び豪快なプレーを見せてほしい。


ティーを刺して軌道の修正をするケプカとピアース
ティーを刺して軌道の修正をするケプカとピアース

そのケプカのホームページにあるティーチングメンバー一覧から、最近になってパッティングコーチのジェフ・ピアースの名前が消えた。ピアースはかつてブッチ・ハーモンのアカデミーに所属していたコーチで、2013年から長らくケプカのパッティングコーチを務めてきた。ピアースは気さくな性格で、ツアー会場で指導方法を教えてくれたり、勉強会にも参加させてもらったことがある。

ピアースにケプカのパッティングについて話を聞いたことがあるが、ケプカはパッティングストロークがアウトサイドイン軌道になる癖があるという。そのため、グリーンにティーを指して、軌道を修正するためのドリルを頻繁に行っていた。軌道やフェースの向きなどのメカニカルが改善したうえで、距離感を向上させるための練習にも取り組んでいたという。


距離感の指導をするピアース
距離感の指導をするピアース

しかし、今季のケプカのパッティング・スタッツは過去最低だった。ストロークス・ゲインド・パッティングは初めて100位台となり、特に2メートル以内のカップインの確率が低く不調は明らかだった。

パッティングの不調にあえぐケプカは、WGCフェデックス・セントジュード招待で、パッティングコーチ、フィル・ケニオンに助言を求めたことを明かしていた。ケニオンはロジカルな分析にたけているパッティングコーチで、トミー・フリートウッドやヘンリク・ステンソンなど多くの選手を指導している。

ケプカがケニオンに教わったのは、パッティングに関して今まで以上にロジカルな要素を取り入れようとしているからだと思う。2メートル以内のパッティングの成功確率を高めるためには、軌道やフェースの向きだけではなく、入射角やボールの転がり方など細かいデータを分析する能力が必要になる。

もちろんピアースのティーチングスキルも優れているが、感性とロジカルを融合したティーチングを得意としており、ケニオンとは異なるタイプのコーチだ。今まで以上に高度なパッティングスキルを身につけるため、一流選手の指導経験が豊富で、高度なティーチングを得意とするケニオンの指導を受けたのだろう。


■指導者の本当の喜びは生徒の卒業


当初、ケプカはセカンドオピニオンとしてケニオンに教わったと思っていたが、ピアースとコーチ関係を解消したということは従来の取り組みに限界を感じていたのだろう。ケプカとピアースはタッグを組んだ7年の歳月で、4つのメジャータイトルを手中に収めた。ピアースは十分役目を果たしたと思うが、「メジャーしか興味がない」と公言するケプカにとって、さらなるレベルアップのためにパッティングコーチの変更は必要な選択だったのだろう。ケプカの視線の先には、4大メジャートーナメントの制覇「キャリア・グランドスラム」の達成があるのかもしれない。


ステンソンなど有名選手を指導するケニオン
ステンソンなど有名選手を指導するケニオン

コーチ目線でピアースの心情を察すると、長年ケプカの勝利に貢献してきただけにつらい気持ちもあるだろう。しかし、選手とコーチには出会いと別れがつきものだ。選手が同じコーチとずっとタッグを組み続けるというケースもあるが、大半のケースではコーチが変遷していく。小学生が、中学生になり、高校生になるにつれて教わる内容が変わっていくように、ツアープロもジュニアから若手、トッププロ、ベテランへと階段を上っていくにつれ、必要なアドバイスも変わってくる。

選手が成長し、ステージが上がれば上がるほど、高度な指導が必要になる。たいていの場合、選手が次のステージに進むと、従来のコーチでは対応できなくなり、次のステージのコーチにバトンタッチしていくものなのだ。

頭ではわかっていても、選手が離れていくのは、コーチとして寂しいものだ。選手と出会った頃は、コーチも選手の成長に喜びを感じ、充実した日々を送る。結果が出れば喜び合い、不調の時は状況を改善するために奮闘し、チームとして喜怒哀楽を共にする。

だからこそ、別れの時は「自分にもっとできたのではないか」と後悔が募ることもあるし、寂しい気持ちにもなる。しかし、子供の成長を喜ぶ親のように、指導者の本当の喜びは生徒の成長だ。指導者にとって一番の報酬は、成長した生徒が卒業し、新たな道を歩み始める後姿を見送ることなのではないだろうか。

ケプカとピアースのコーチ契約解消の真実はわからない。しかし、互いの成長につながる新たなスタートであってほしいと願いたい。

(ニッカンスポーツ・コム/吉田洋一郎の「日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)

◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。2019年度ゴルフダイジェスト・レッスン・オブ・ザ・イヤー受賞。欧米のゴルフスイング理論に精通し、トーナメント解説、ゴルフ雑誌連載、書籍・コラム執筆などの活動を行う。欧米のゴルフ先進国にて、米PGAツアー選手を指導する100人以上のゴルフインストラクターから、心技体における最新理論を直接学び研究している。著書は合計12冊。書籍「驚異の反力打法」(ゴルフダイジェスト社)では地面反力の最新メソッドを紹介している。書籍の立ち読み機能をオフィシャルブログにて紹介中→ http://hiroichiro.com/blog/