【イチロー大相撲〈24〉】元幕内石浦の間垣親方 引退相撲を控えた今、思うこと

元幕内石浦の間垣親方が、まもなくマゲに別れを告げる。2024年6月1日、両国国技館で引退相撲を開催する。

旧宮城野部屋の問題により、一時は実施すら不安視していた。今、力士たちへ何を思うのか。

人として父として成長してきた力士人生を振り返る。

大相撲

◆間垣喜翔(まがき・よしと)本名・石浦将勝。1990年(平成2年)1月10日生まれ、鳥取市出身。鳥取城北高-日本大学。宮城野部屋に入門し、2013年初場所初土俵。2015年春場所新十両、2016年九州場所新入幕。三賞は敢闘賞1回。最高位は西前頭5枚目。首のケガにより、2023年6月に引退。通算161勝186敗43休。家族は妻と2男1女。

6月1日、引退相撲

1月の初場所後から、落ち着く日はなかった。間垣親方は、神妙に言う。

「引退相撲をやらせていただけるのかな、というところから始まりました。伊勢ケ濱親方から許可をいただいて、そこから動き出しました。『(引退相撲の)直前だし、私から言うことはないから』と。ありがたいことです」

2月1日から引退相撲のチケットが発売開始。それから1カ月もたたないうちに、北青鵬の暴力問題が表面化した。

所属する宮城野部屋は伊勢ケ濱一門預かりとなり、4月から伊勢ケ濱部屋へ転籍することが決まった。

部屋付き親方として、後悔がないとは言えない。宮城野部屋から、新たな環境に身を置く力士たちのことは、常に気に掛かる。

「問題は起こってしまったことなので、ああすればよかった、こうすればよかったというのはもちろんあります。今は、今ある状況でいかに力士たちが強くなれるかが一番大事ですから」

部屋が変われば、稽古のやり方も変わる。戸惑いがある一方、新たな発見もあった。

「伊勢ケ濱部屋の稽古は、稽古相手も豊富です。伊勢ケ濱親方の稽古のこだわりも、聞かせていただいています。番数は一番大事だと。つらくて、少々ダラダラの稽古になっても、つかむものがあるというのが理由なんです。

こういう話は初めて聞く相撲理論でした。自分が今までいた環境は、短期集中での稽古だったので。宮城野部屋だった力士たちは、まだ番数の多さに慣れていません。必ずこの経験は力士のためになるし、強くなるために経験した方がいいことだと思っています」

部屋が落ち着かない中、引退相撲の準備にも奮闘している。ほぼ連日、あいさつ回りなどで予定がぎっしり。最後の晴れ舞台は、間垣親方らしい「洒落っ気」がところどころにじむ。

例えば、ポスター。

「1枚目はちゃんとノーマルなものを作って、2枚目からはちょっと面白いのを作ろうかと…。伝統的な大相撲と、デザインが合わさったら面白いだろうとか、そういうことはよく考えるかもしれないです」

2枚目は、書体に遊び心を加えた。

「大阪の方で、ああいう字を書く方がいるんですけど、その人のことが昔から好きで。引退相撲のポスターなので、最悪読めなくても分かるだろうと(笑い)」

SNSでも評判がいい。3枚目は、相撲錦絵を取り入れた。

引退相撲をPRするために用意したカードもセンスがあふれる。

「カメラマンの方が、寺尾さんの写真をよく覚えてらしたんです。どこかの橋の上で、稽古後の乱れ髪で、泥着を羽織り、腕を組んでいる写真です。力士がマッチしないところで写真を撮りたいと言われ、スクランブル交差点で撮りました。どの時間帯なら一番撮りやすいか、そういうのを計算して撮りました」

その瞬間、力が抜けた

1つ1つを丁寧に準備し、引退相撲の日を迎えたい。そんな思いの陰には、理由がある。

引退への引き金は、ある日突然、引かれてしまった。考えもしなかったタイミングだった。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。