「歩」という字は「少し止まる」と書く-。もしかすると、使い古された言い回しなのかもしれないが、その言葉を初めて耳にしたのは約5年前だった。当時担当していた大相撲で、元幕内力士に、その言葉を信じて幕下からもう1度、はい上がりたいと打ち明けられた時だった。止まっていることを認めたくない気持ちと、次々と現れる若手の台頭で、加齢による衰え、停滞を認めざるを得ない気持ちとの葛藤。そんな内面の一端をかいま見て、心がざわついた。

それを思い出させたのが、21日に発表された国内女子ツアー13勝の成田美寿々の「休養」だった。19年を最後に優勝から遠ざかり、コロナ禍で20、21年シーズンが統合された昨季は、賞金ランキング102位。シード権を手放した。今季はレギュラーツアー12戦に出場し、10戦が予選落ちで、最高成績は8月のCATレディースの35位。下部ツアーにも8戦出場していた。

そんな中、期限を決めず来季から「休養」に入ると決めた。ただ「引退というわけではなく、もう一度立ち上がるための前向きな休養」だという。この結論に至るには、少なからず葛藤があったと思う。今は「少し止まっている」ように見えるかもしれないが、休養が必要と判断した。進むスピードは人それぞれ。休養の間も、確実にトンネルの出口に向かって歩んでいくはずだ。

今季の国内女子ツアーは、11年余りかけて、トンネルの出口にたどり着いた選手が2人もいた。10月の樋口久子・三菱電機レディースを制した金田久美子は、11年189日ぶりのツアー2勝目。前週の大王製紙エリエール・レディースを制した藤田さいきは、11年35日ぶりのツアー6勝目を挙げた。88年のツアー制施行後、ブランク優勝としては金田が最長、藤田が2番目という長い時間を要した。

「少し」とは言えないほど、2人は長く苦しい「止まっていた」時間を過ごしてきた。それでも1歩ずつ進んでいると信じた。自分を信じたから「自信」も生まれた。そして迎えた歓喜の瞬間、2人とも涙が止まらなくなった。涙には「戻る」という字が含まれる。自信と誇りを取り戻した象徴が、涙となってあふれ出た。日本語や漢字というのは、よくできていると感じる。

ゴルフを担当して約3年になるが、これほど心が影響するスポーツはないと思っている。1日が長く、シーズンも長い。それでいて直接的な対戦相手がいるわけではない。必然的に自分と向き合う時間が長くなり、その多くは後悔や反省に違いない。並みの精神力では、いつ仕事を失うか分からない重圧に押しつぶされてしまう。

国内女子ツアーは、前週の大王製紙エリエール・レディースで、来季のシード選手、前半戦の出場権を得た選手が決まった。そこから漏れた選手は、来季の職場確保のためのQT(予選会)に回る。重圧、緊張感から練習にも熱が入るだろう。一方で練習し過ぎてどこかを痛めたり、違和感を覚えたりすれば、全て水の泡にもなる。心を強くしなければ戦えない世界だ。

シードを失った選手もいれば、今後のQTで失敗してしまう選手も現れるだろう。毎年、勢いのある新人が約20人ずつ加わるのだから、全員が望んだ結果を得られるわけはない。冒頭の力士はその後、幕内にも十両にも戻ることはかなわなかった。それでも胸を張って引退した。苦労した分、後進の指導にも幅が出たと聞く。後悔や反省のない現役生活などないはず。暗い話題も増える時期に入るが、1人でも多くの選手が、必要な試練だったと、数年後には笑っていられる日が来ることを願いたい。

【高田文太】(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ピッチマーク」)