日本スポーツ界に、前代未聞の不祥事が起きた。日本カヌー連盟は9日、昨年9月のスプリント日本選手権(石川県小松市)に出場した鈴木康大(32=福島県協会)が、大会中に小松正治(25=愛媛県協会)の飲み物に禁止薬物を混入させ、小松がドーピング検査で陽性となったと発表した。鈴木は過去に小松らのパドルなどを破壊、窃盗したことも認めている。ともに昨夏の世界選手権代表で、東京五輪を目指すトップ選手が、若手のライバルを陥れた事件。開催国としてもイメージダウンとなった。

 常識が覆された。強い倫理観とモラルの高さで、五輪でドーピング違反者はゼロの日本。その信用が崩れる事件が起きた。ライバルに“薬を盛る”という最悪の事態。日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が鈴木に8年間の資格停止処分を科し、暫定的な資格停止となっていた小松の処分を解除した。この発表を受け、都内で会見した日本カヌー連盟の成田昌憲会長は「わびてもわびきれない。完全に裏切られた」と苦悶(くもん)の表情を浮かべた。

 昨年9月11日の日本選手権カヤックシングル200メートル。鈴木は小松のレース中に小松の飲料水ボトルをロッカー室に持ち込んだ。インターネット通販で購入した筋肉増強剤メタンジエノン(50錠、1300円)1錠を混入後、何事もなかったように元に戻した。前日10日の同500メートルで鈴木は5位。小松は3位。練習でも何度も力負けしており、関係者によると「本能的にもう勝てない」と実感し、妨害行為に及んだという。ただ最終的に200メートルも小松1位、鈴木8位だった。

 知らずに飲んだ小松はレース後のドーピング検査で陽性になった。同年11月17日の日本代表の沖縄合宿で、日本連盟の古谷利彦専務理事が5時間以上かけ、反ドーピングの啓発とともに選手1人1人へ聴取を行った。3日後の同月20日。良心の呵責(かしゃく)にさいなまれた鈴木が涙ながらに古谷専務理事に自白した。

 代表合宿や試合などで10年ごろからパドルなど道具の破損や紛失、現金の盗難が発生。これらに関しても鈴木は過去にライバル選手の道具を壊したり盗んだことを認めた。薬物混入の際も小松のパドルなどを盗んだ。他の3選手とは示談が成立したが、金銭を盗んだことも認めた。現在は千葉県の実家で謹慎している。

 小松は薬物混入とパドルを盗まれた件で、被害にあった試合会場の管轄でもある石川県警に被害届を提出した。日本連盟は、鈴木を除名処分とする方針を固め、県警の捜査を待って、今春にも最終処分を下す見通しだ。小松は検査で陽性になったことを真っ先に鈴木に打ち明けるほど、2人の関係は良好だっただけに周囲も驚きを隠せなかった。

 他者からの混入によるドーピング違反発覚は国内で初めて。日本連盟は再発防止策として、大会中にドリンク保管所を設け、医薬品相談窓口も開設する。東京五輪が2年後に迫り、これから代表争いは過熱する。今回の問題はスポーツ界全体に波紋を広げそうだ。